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キツネノヨメ×イリ  作者: eyebox
第二話 マジモノ
7/9

2 ヨウコ、夢見る

 宗田瑤子。

 1996年9月9日生まれの乙女座、十六歳。O型。一年五組。委員会、部活には所属していない。趣味は読書、その他体を動かすこと全般。両親は七歳の時に死去、現在は祖父との二人暮らし。祖父は道場を経営。


 学園一の美少女と名高い。入学してから半年たらず、これまでに学園に通う男子生徒のおよそ半数以上が告白したと噂されるが、いまだ誰とも交際していない。顔の美醜や性格の良し悪しにかかわらず、誰彼構わず振って行くこと、可憐な容姿に反し男性的な口調、態度から同性愛者という噂もある。百人切り、視線だけで男を落としたなどなど、作った伝説は数しれず。確認済みのものだけでファンクラブは三つ、地下組織も存在していると思われる。



 ―――学園の平和と秩序を乱す、「バツつき」連中のなかでもトップクラスの要注意危険人物。――――――と、されている。

 宗田瑤子についての調書を読み終え、少女は大きくバツマークが描かれた真っ赤なファイルを閉じる。手に持つのは、生徒会室の鍵付き戸棚の奥に隠され、代々、生徒会のなかでも信用のおける人間にのみその存在を知らされる、Xファイルならぬ×(バツ)ファイルだ。おそらく、現会長ですら知らないだろう。

 このファイルを受け継ぐ者は、生徒会の一員でありながら、この学園には存在しない風紀委員会の役割を持つ。学園運営の支障となるもの、生徒会に仇なすものを独断で処罰出来るのだ。


 ―――――生徒会の代表である会長の害になるものは、そのもの生徒会の敵だ。


「…いいから、黙ってなさい」

 少女は目を閉じて胸に手を当てた。生徒会室には今、誰もいない。


 ―――――待っていろ、宗田瑤子。お前の罪は、あたしが裁く。


「…私は生徒会の仕事をするだけ。仕事に私情は交えない…」


 ―――――んな都合のいいこと言ってんなハゲ。呪い殺すぞ!


 少女は眉をひそめ、強く強く、胸を押さえた。


「…はげてねーよ」


××


「ただいまー…」

 返事はない。祖父はこの時間、道場で小学生の相手をしているはずだ。

 後ろ手に引き戸を閉め、瑤子は二階の自室に繋がる階段を上った。ぎしぎしと音が鳴る。どこか腐っているのかもしれない。


 なにせ、瑤子の家は純和風の日本家屋だ。砂利を敷いたりと言った、いわゆる日本庭園は作っていないものの、一本松と楓の大木が帰りを迎える。門を入ってすぐ正面は道場で、右手に目立たないように建っているのが住居だ。

 無駄に広くて古い。傷んだまま放置しているのは、面倒なのももちろんだが、直すような金がないからだ。たとえ腐っていたとしても直せない。

 居間と水道関係だけは現代風に整備し、フローリングを敷いているが、他は全室畳敷き。

 部屋は余っているし、掃除は行き届かないし、古いし、瑤子はあまりこの家が好きではない。

 それでも何処にも寄らず、部活もせずにまっすぐ帰ってくるのは、両親がいないために家事をしなくてはならないのもあるが、厄介な体質があるからだ。この体質のせいで、自由に出歩くこともままならない。

 瑤子の行動全ての理由はそこに集約されているのかもしれない。


 部屋のふすまを開け、足を踏み入れた瞬間。

「…え?」

 瑤子の眼には、部屋の中が二重にぼやけて見えた。瞬きするとそれはすぐに収まったが、それだけではなく部屋の空気が、雰囲気が何か違うように感じた。

 親密でくつろげる空間であるはずの自室が、そうではなくなっているような。

 

(私の部屋って、こんなところだったか…?)

 南向きの窓。畳の上にマットを敷いて、その上に勉強机。押入れと本棚、CDプレイヤー、クリーム色のストライプを基調としたベッドの上にはくまのぬいぐるみのクマピウス、本棚に入り切らない文庫本の山。


 確かに、いつもの自分の部屋だった。異変は何もない。

 ついさっき感じた微妙な違和感は、何処かに紛れてしまう。

「気のせいか…」

 瑤子は鞄を置き、さっさと着替えて本でも読もうと制服を脱ぎ始めた。


××


 ――――ああ、夢だ。


 最近は見ることがなかった、私の最後の記憶。


「瑤子、大丈夫よ。病院までもうすぐだから」


 熱に浮かされてぼやけた視界。祥直(ただみち)さんの運転する車の中。遥子さんの膝の上で、撫でられるがままになっていた。

 熱い額に遥子さんの冷たい指先が当たり、私は身じろぐ。


「…ん…」

 遥子さんはまた唇を動かした。私も何か答えた。遥子さんが安心させるように笑顔を浮かべる。

 なにを言ったのかは覚えていないけど、珍しく遥子さんが母親らしいなあと思った。心配されているのが申し訳なく、そして少し心地よい。


「ハル。…瑤子の様子はどう?」

「まだ熱が高いの。でも大丈夫よ。それよりも祥直(ただみち)さん、前を向いて。………が……じゃ…い」

「……ぐ…かい?」

「ええ」


 記憶というのは、劣化していくものなのかもしれない。何度も何度も再生すると、ノイズや砂嵐が入る古いビデオみたいに。

 聞き取れなかったのか、覚えていないのか、声や映像が途切れがちになる。二人の、私たちの―――――最後の記憶が。


「瑤子。しばらくのあ…………ど、……きに………る……ぞ…………」

「瑤子はきっと大丈夫。私た………の……も…すもの」


 場面が途切れる。

 一瞬真っ暗になり、そして「終わり」が来る。



 何故かこの記憶は無音だった。


 これはずっとそうなのだ。経験してから、ずっと。その代わり、痛みや熱さや振動や温もりやひかりは、感覚に生々しく残っている。


 一生、どんなことがあっても忘れないのだと思う。

 目に、心に、体に焼き付いた。


 正面から来るトラック。

 トラックの運転手の恐怖に引きつった顔。遥子さんに抱きしめられる感覚。


 閃光。一瞬の浮遊感と衝撃。


 腕の隙間から、割れたガラスが降って来る。

 キラキラと光を反射して、鮮血を迸らせる綺麗なガラス。


 ―――――――――――――熱くなる。


 熱くなって、ばらばらになって、ぐちゃぐちゃに混ざって溶けて、ひとつになる。


 世界が壊れる。


 私の幸せな世界は、確かに壊れた。




 私は鉄片に貫かれて息絶えた。



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