悪魔による除霊
なぜか書いちゃいました。
希と阿門が以前住んでいた夫婦の事を調べて回り、事務所に戻って来た時には日が暮れ始めていた。希は正直事務所に入るのは嫌だったが、今回は1人という訳ではなかったのと、阿門から「姿を現すのは夜だけだろう」と言われ渋々リビングで情報整理を始めた。
「それにしても、さすが探偵って言うだけあるな。いい感じに情報集まったじゃねぇか」
イスに座って希の様子を見ていた阿門が話しかけてくる。
「前居た事務所で身辺調査とか散々やっていたから、こういうのは慣れてるわ」
阿門に感心され、希もまんざらではなかった。
「阿門さんも手伝ってくれたらもっと早かったんだけど……」
「オレは他の奴には見えねぇからやる事ねぇし、素人オレに出来る事なんてたいしてねぇだろ。それにオレの本領は調べた後だしな」
「確かにそうだけど……」
(でも、調べた後って何する気なのかしら。やっぱり除霊とかかな?)
ニヤリと笑う阿門に首を傾げつつ、希は手帳を広げて調べた事を整理する。
「で、前に住んでた夫婦、金府一郎と妻の和美は8年前にここに家を建てて移り住んで来たのね。最初は仲も良かったらしいけど、3年程経った辺りから悪くなってきたみたい。そのあたりから一郎の不倫の噂が流れてるわね。近所の人達からの情報と一郎の勤め先での情報から間違いないみたい。奥さんは友人に"人生を無駄にした"とか"若い頃に戻りたい"とかぼやいてたみたい」
「それで事件が起きたってわけだ」
「そうね。5年前のその日一郎と和美は激しい口論を深夜にしていたみたい。これは隣人の証言があるわね。でも毎晩のようにあった口論もその日を境にパッタリと無くなるわ。2人を見かけなくなって車もそのまま。不審に思った隣人が通報、警察が家に入ると1階の階段付近で一郎が、2階で和美が死んでいたってわけ。和美は刺殺で一郎は首の骨を折ってるのと体の損傷から転落死。一郎の遺体の近くに和美を刺した包丁が見つかったのと、一郎に返り血と思われる和美の血液が付いていた事で警察は一郎が和美を殺害した後、誤って階段から落ちたという結論に達したわ」
「浮気されたうえに殺されたわけだ。そりゃ、旦那を恨むわな。なるほどなるほど。和美の性格とかは?」
「和美? ん~大学時代はミスコンに出るくらい美人だったみたい。あと活発というか我が強いというか……おかげで一郎との口論も結構激しかったみたいよ」
「なるほど……美人で我が強いね」
阿門は腕を組んで考える。だがすぐに考えがまとまったのか話を再開した。
「生前の話はそれくらいでいいだろ。で、肝心なのはその後の事だ」
「その後?」
「おう、アンタが見た事を教えてくれ」
「私? えっと……深夜に何かぶつかる音がして階段を覗き込んだら金府一郎と思われる男の人が床に頭をぶつけていたわ。その後2階に首から血を流す和美が居たわね」
「何か言ってなかったか?」
「何か? ……う~ん、一郎の方は"やめろ"とか"きえろ"とか言ってた気が。和美の方は床を見ながらブツブツ言ってたけど何を言ってたかは分からなかったわね」
「床を見ながらってのは、一郎を見てたんじゃないか?」
「え? あ、たしかに視線の先には一郎がいたような……」
「なるほど、言霊による束縛か」
「言霊?」
「大雑把にいえば呪いだ。恨みを言葉にして相手をその場に縛り付けてんだよ。言葉と言っても音じゃなく念みたいなもんだからな。防ごうとしても直接頭に響いてくる。それで一郎はその場でひたすら苦しんでるってわけだ」
そう言うと阿門は伸びをしてテレビを見始める。
「そこまで分かれば後は簡単だ。夜になるのを待つとしようぜ」
「え? 大丈夫なの?」
「おう、オレに任せておけって」
阿門はテレビのリモコンをいじりながらサムズアップして見せた。その姿を希は訝しげに見つめるしかなかった。
ゴンッ―――ゴンッ―――
「んっ……?」
夜も更けた頃、前日の寝不足のせいもあり転寝していた希は物音で目を覚ます。
ゴンッ―――ゴンッ―――
「っ!! あ、阿門さん!」
慌てて起きた希は周囲を見渡す。阿門は床で大の字になって眠っていた。
「ちょっ、ちょっと! 阿門さん! 起きて!!」
「んぁ?」
希に揺さぶられ阿門は気怠そうに上半身を起こす。
「なんだ? 出たか?」
「は、はい。ほら!」
ゴンッ―――ゴンッ―――
希は階段の方を指差す。扉が閉まっているので廊下は見えないがたしかに扉の向こうから音がしている。
「お! それじゃやるか」
阿門は立ち上がると、懐から薄手の黒い手袋を取り出す。それを身に着けると、首をコキリとならしてスタスタと廊下へ向かう。
「ちょ、ちょっと……」
希も1人で取り残されるのは嫌だったので恐る恐る阿門に付いて行く。扉を開けると、前と同様金府一郎が頭を抱えて床に打ち付けていた。
「きえろやめろだまれやめろだまれきえろきえろきえろやめろ」
「ひぃっ!」
希は腰が砕けそうになるが、必死で耐える。阿門は特に気にする事も無く、一郎を一瞥した後天井をキョロキョロと見渡していた。
「こいつは後でいいとして和美の方だな。おい邪魔だ」
「やめろだまれきえろきえろきえゴフッ!?」
「ええっ!?」
阿門は階段を塞いでいた一郎の脇腹を蹴り飛ばす。壁際に倒れ込んだ一郎は脇腹を抑えて悶絶している。阿門はそれを見ることなく階段を上って行く。
「えっ? ちょっと! え?」
呆気にとられた希は阿門と一郎を交互に見て一郎を警戒しつつ阿門の後を付いて行く。
「ちょっと! 阿門さん、何なのアレ!」
「え? 何が?」
「何がって……何で蹴ったのよ! っていうか蹴れるの!?」
「いや邪魔だったから」
「邪魔って……」
あまりに単純明快な理由に呆れたが2階に上がった所でその事は頭から消えた。滅多刺しにされた状態の和美がこちらを物凄い形相で睨んでいたからだった。
「おお、あれが和美だな。かなりキレてんな。2つの意味で」
「何言ってんのよ! どうすんの!?」
若干ドヤ顔している阿門にイラっとしながらも希は阿門の後ろにすでに隠れている。
「任せておけって」
そう言うと阿門は臆することなく和美に近づく。
「ちょ、ちょっと! 阿門さん!?」
希はさすがに付いて行けず、その場を動かなかった。
和美は近づいてくる阿門を睨みつける。
「じゃばぼずるな!」
喉に穴が開いているせいで言葉になっていなかった。だが阿門は気に掛けることなく和美に話しかける。
「ああ、別に邪魔する気は無いんだけどよ。アンタ無駄な事してんじゃねぇかなぁ」
「ぶば? あだじぼごんばぶうにじだあいづぼぜったいゆるばあない!!」
「ああ、そりゃ許せないだろうけどよ。でもよ、あんな奴の為にこれ以上時間と労力割くのはどうかなと思う訳よ」
「?」
「生き返るのは無理だけど、生前の姿には戻れんだよ実は」
「!?」
「これ、死んですぐの奴ほとんど気づかないんだけどよ。霊体って自分で或る程度操作できるんだぜ? 若い頃の自分とか怪我する前とかさ」
「!!」
「アンタさ……今はアレだけど結構美人だろ。20代とか相当モテたんじゃねぇ?」
「……ぼじえろ」
「え?」
「ぼじえど!!」
「教えてほしい? それじゃちょっとその呪うのはやめてこっちに集中してもらわないと」
「……ばがっだ」
和美の剣幕が少し和らぐ。それを確認すると阿門はニヤリと笑う。獲物が掛かったと言わんばかりの笑みを。
「オッケー。それじゃまず目を瞑れ。頭で自分の一番いい頃の姿をイメージする。いいか? その怪我しまくった姿は一切忘れろ。自分の輝いていた頃を思い出せ」
その言葉を聞いて和美は目を瞑る。その瞬間阿門は和美の頭に手を置いて何かを掴むと上に引っ張り上げる。すると和美の体から黒い影の様なものが抜けた。
「え?」
後ろで見ていた希も思わず声を出してしまう。黒い影が抜けた瞬間そこには20歳くらいの若い女性が居た。顔を見ると和美だと分かった。
「ウソ……ホントに若返っちゃった」
希はポカンと口を開けたまま呆けている。和美も手を見つめ顔に触れて信じられないといった表情を浮かべていた。
阿門は引っ張り上げた黒い影を両手で丸めてビー玉サイズまで小さくすると上着のポケットに仕舞い込む。
「わ、私若返ったの……?」
「ああ、言った通りだろう? で、本題に入るんだけどね」
阿門はガシリと和美の肩に手を掛ける。その邪悪な笑みに和美も思わずビクリとする。
「あ~あ~ビビらなくていいから。アンタの為にある提案があるんだけどよ。死後にアンタがした呪いってのはこれ取締り対象になっちゃうわけよ。ひどいと天国行きも取り消しになる」
「え?」
「でも、アンタの場合はまだ大丈夫。アンタが死後にため込んだ悪い物は全部取り出したし、生前も悪い事して無いだろ?」
「え、ええ。してないわ」
「じゃあ、向こうでの審査もすんなり通って天国に行けるぜ。このまま成仏してくれりゃあ、ね。それに……」
阿門は希をちらりと見て背を向ける。希はそれを見て首を傾げた。
「ここだけの話。天国にはあんなクズよりいい男がわんさかいるわけよ。何せ天国だから、まさに選り取り見取り。ここであんなの見つめて過ごすより向こうでいい男見つけて幸せに過ごす方がいいと思うぜ?」
「……」
「しかも向こうじゃ歳を取ることは無い」
「……わかったわ」
「よし! それじゃ早速」
そう言うと阿門は左手に力を込める。そして近くの壁を掌で叩いた。すると壁に光の枠が浮かび上がる。人が一人入るほどの枠の内側が扉の様にゆっくりと開いた。
「な、何が起きてるの!?」
離れた場所から様子を伺っていた希は急に開いた壁の穴を覗き込むが真っ白な光以外に何も見えなかった。その光は暖かく、真正面に居た和美も光に照らされると穏やかな表情を浮かべる。
「ここ入って真っ直ぐ行けば案内がいるからそれにしたがって行けばいいぜ」
「ありがとう」
和美は会釈をすると光の中へと入って行った。和美が入ると壁はゆっくりと閉まり光も消えてしまい、残ったのは只の壁だった。
「あ、阿門さん。今のは?」
「あ? ありゃ天国への扉だ」
「天国? 天国ってあの天国?」
「どの天国かしらねぇが、神の居る天国だな。正確には天国行き審査所への扉だがな」
「て、天国行き審査所?」
「あ~、そっか。生きてる奴はそのへん知らねぇか。詳しい話はめんどくせぇから簡単に言うとだな。死んだ奴を天国か地獄かで大雑把に分ける"簡易仕分け所"があるわけよ。でもって天国地獄それぞれに"審査所"があってそこでさらに細かく審査して何処へ行くかを決める訳だな」
「そ、そうなってるんだ。てっきり閻魔様が1人でやってるのかと思ったよ」
「1人って……。毎日どれだけ人が死んでると思ってんだよ。閻魔過労死するぞ。死なねぇけど。仕分け所や審査所にそれ専門の役人が居てそいつ等の通称が"閻魔"だな。それぞれの最高責任者が閻魔大王って訳だ。つまり3人いるってわけだ」
「そうなんだ。天国へ案内するのが仕事だったのね。悪魔っていうからもっと怖い事するのかと思った……」
「いや、これは仕事のついでだ。本来のオレの仕事はこれじゃない」
「え?」
「オレの仕事は死んでもこの世で悪さするバカを捕まえたり、成仏せずに居座ってる罪人を地獄に叩き落とす事だ。たとえば……そういう奴」
「……え?」
阿門は希の後ろを指差す。希が振り返ると首を歪めた一郎がのそりのそりとこちらに歩いて来ていた。
「ひぃっ!」
「あ…アイツが天国に行けるだと……ふ、ふざけるな…あんなにオレを苦しめておいて…………」
一郎の顔は怒りと憎しみに満ちている。先程の和美と同じような雰囲気を纏っている一郎を見て希は硬直してしまった。
「お……オレも天国に連れていけぇぇぇ!!」
「キャァァァッ!!」
一郎は希に掴み掛ろうとする。希は目を瞑ってしまう。だが掴み掛られる事は無かった。そのかわり顔の横を何かがすり抜ける感じがした。
「フグォッ!?」
「……?」
希がゆっくり目を開くと、目の前で一郎が顔を抑えてのた打ち回っていた。そして希の顔の横には阿門の腕があった。顔を抑える一郎と阿門の拳を見て一郎が殴られたと気付く希。
(お、お化け殴っちゃった……。さっきもそうだけど触れるの!?)
希がそんな事を考えていると阿門が口を開く。
「ったく、何が天国に連れてけだコラ」
怒気を帯びた声にビクリとする希。阿門は希の肩を掴み後ろに行かせると、ゆっくり一郎に近づく。
「テメェの自業自得だろうが。舐めたこと言ってんじゃねぇぞコラァ!」
「ギャァ!」
倒れてる一郎の顔を思い切り踏みつける阿門。
「オイ、分かってんのか? 聞いてんだろ、何とか言え」
そう言いながらガスガスと一郎に蹴りを入れ続ける。
「ヒィ、ヒィィィィィィ!!」
一郎は壁際まで這って身を丸めてガタガタ震えている。
「何逃げてんだコラ。誰が逃げていいって言ったんだオイ!」
希はその姿を見てドラマなどで見るヤクザを思い出していた。
「やっぱりチンピラだ……ってそうじゃなかった。阿門さん! その辺でいいんじゃ!?」
「あ?」
希に言われて蹴り続けていた足を止める。一郎は先程の勢いは完全に失いガタガタと震えていた。
「チッ、まぁこんなもんで勘弁してやる」
阿門は一郎の胸ぐらを掴むと無理やり立たせる。
「テメェに死後の罪はねぇ。だが、生前の殺しは地獄行きには十分だ」
阿門は右手に力を込めると一郎の後ろの壁を掌で叩く。すると今度は真っ黒な2m程の穴が開いた。穴の中はまったく明かりが無く只々黒かった。その穴の中から灰色の大きな手がヌッ出てきた。一般的な男性の倍はありそうな大きな手は一郎の頭をガシリと掴む。獣の様な禍々しい爪が一郎の顔に食い込む。
「ヒィィィ!! じ、地獄は嫌だぁぁぁっ!!」
阿門はその表情を見て嬉しそうに笑う。まさに悪魔の笑みを。
「そう言わず楽しんで来いよ。じゃあな」
「嫌だぁぁぁぁぁぁ!!!!」
阿門は掴んでいた手を離す。すると頭を掴んでいた手に引っ張られ、一郎は穴の中へと消えて行った。そして穴は小さくなり消えてしまった。
「よし、これで終わりだな」
「お、終わり?」
希が恐る恐る阿門に近づく。
「おう、もうアイツ等が出てくることは無いぜ」
「終わった……んだ……ハァァ」
希は気が抜けてその場に座り込む。阿門はポケットに手を入れると黒い玉を取り出してパクリと食べてしまった。その様子を希はじっと見つめる。
「えっと……阿門さん。何を?」
「あ? こりゃあの女が死後にため込んだ怨念の塊だ。怨念を貯め込んだ霊を捕まえてあの世に送るのがオレ達悪魔の主な仕事ってわけ。あの女はまだ悪霊化してないから貯め込んでた怨念も少なくて腹の足しにもならなかったけどな」
「腹の足し……悪魔は怨念を食べるの?」
「おう、悪霊の怨念はそりゃあ美味なんだぜ」
そう言いながらゴクリと飲み込む。そして希の前にしゃがみ込むと、希の顔を見てニヤリと笑う。
「さて、これでアンタの悩みは解消されたわけだ。こちらの話を聞いてもらおうか」
「え?」
「え? じゃねぇよ。そう言う約束だろ」
「そ、そうだったわね。話って?」
「さっきも言ったが、オレはこの世で悪さする霊を取り締まるのが仕事だ。だがオレは姿が見えない。こっちの世界じゃ色々不自由だ。そこでアンタにオレの手伝いをしてもらいたい」
「手伝いって……」
「ぶっちゃければ悪霊退治の手伝い」
「む……無理無理無理無理! お化けなんてもう懲り懲り! 私は―――」
言いかけた瞬間、阿門の顔がグッと近づく。ギラリとした目に睨まれ希は身動きを取れなくなった。
「おいおいおいおい、人に霊を退治してもらっておいて自分は何もしませんってか? 悪魔にお願いしておいて代償が無いなんて思うなよ」
「そ、そんな……」
「安心しろって命張れなんて言ってねぇからよ。ただ悪霊探しを手伝ってくれりゃあいいから」
「……て、手伝いだけよ」
「おう! それで十分だ」
そう言うと阿門は手袋を外し、右手を差し出す。
「それじゃ、よろしく頼むぜ」
ニッコリと微笑む阿門。希も右手を出して握手をする。右手を掴んだ瞬間、阿門の笑みが邪悪な物へと豹変した。
「かかった」
「え? ……痛ッ!」
次の瞬間希は右手に痛みを覚える。慌てて右手を振りほどき掌を見ると、見た事も無い言葉で書かれた魔法陣の様なものが描かれていた。だがそれは手の中に染み込むように消えて行った。
「い、今の何!?」
「心配すんなよ。ただの契約だから」
「け、契約って!?」
「約束を破ったらそれなりの罰があるってだけだから気にするなよ」
「気にするわよ! 何よ罰って!!」
「まぁまぁ。晴れてここで探偵出来るんだからいいじゃねぇか。オレも手伝える事は手伝ってやるからよ。ギブアンドテイクって奴だ」
「な、何がギブアンドテイクよ! さっき"かかった"って言わなかった!? 悪魔との契約って絶対ろくなもんじゃないでしょ!?」
緊張状態が続いたせいか、色々吹っ切れたのか、希の怒りは明け方まで続いた。
まさに悪魔の所業。
次回はまたそのうちと言う事で。書きたくなったら書きます。