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向かいの座席のチャラそうな女子高生が、涙を滴らせながら眠っている。
ケータイの液晶をスライドさせる。
キーボードに今の気持ちをウつ。
「赤の他人の心配なんかする必要がない現実に」
そこまでウって俺は気付く。
いや、今日は、もっと明るいことを書こうと。
「もしあの子が真面目で、いい子で、泣く必要なんかなかったら」
廃れたアルバイト生活の中、俺は気付いていた。
大人なんかになれない。
まだ子供でいたい。
「もし俺が真面目で、いい子で、ポジティブだったら」
よく見れば、その女子高生は中学時代に付き合っていた女の子に似ていた。
「あの子とまだ続いていたら」
もし目の前の女子高生が彼女だったら。
「泣かせたりなんかしない」
保存して、ディスプレイから全部窓を消す。
黒一色の背景画像が、俺を安心させる。
安心して、顔をあげる。
女子高生が袖で涙をぬぐっている。
あの子のことはもう思い出したくないと、反射的にケータイに視線を落とす。
「どうして」
いつの間にかメール作成画面に移り変わっていた。
どうして、と打った覚えはないのに。
「あたしが泣かなくちゃいけないの」
勝手に改行され、ひらがなが打たれ、変換されていく。
「我慢…しなくちゃ」
「しないと」
「でも」
顔を上げると、彼女は目を閉じてまた泣いていた。
青白い肌に、柔らかい日差しが照らされる。
「手を繋いで」
「離さないで」
「どこにも行かないで」
まるで夢のようだ。
とても不思議な現象。
人の気持ちが自動入力…?
考えられない。
俺はずっと、女子高生をケータイ画面を交互に見つめていた。
結局その女子高生は電車を降りるまで泣き止まなかった。
「大丈夫、いっぱい泣いたから、しばらく泣かないから大丈夫」
それが、一番下の行の文字列だ。
きっと彼女のけじめの言葉。
ここは一人になれる場所、きっと彼女にとっても。