雨にて
少し、残酷な表現があります。
雨は通りを水浸しにしていた。窓から見た感じ、通りに人気は無い。当然か。こんな日は、いつもならば、通りを打つ雨の音を聴きながら、書類を片付けているか、ベッドに横たわり、静かに読書をしているかだ。が、今日は違う。否応なしに悪い結果ばかり思い浮かべてしまう。果たして、大丈夫なのか?失敗すれば、死が待っている。「死」、怖い。考えたくも無い。だが、行動しなければ、何も始まらない。
「…行くか」
コートを着て、軍帽を被り、ベッドに立て掛けてあった剣を手に取り、部屋を出た。階段を下り、玄関口に差しかかると、管理人室から、老婆が出てきた。
「ジェフさん、今日もお仕事ですか?」
「ああ、そうだが…何か?」
「いつもいつもお疲れ様です」
老婆はそう言い、丁寧にお辞儀をすると、傘を取りだした。
「余程、お急ぎの用件なのでしょう。傘をお忘れですよ。外は土砂降りですから、傘をお持ちにならないと、雨に濡れて、御身体を壊しますよ。」
「あっ、す、すまない。いや、なに、ちょっと急ぎでな…助かるよ。」
「いえいえ、どうぞお気を付けて。行ってらっしゃい」
「…行ってくる」
玄関を出ると、果たして土砂降りであった。
「土砂降りか…かえって好都合かな」
通りを歩き始めると、雨が傘を弾いて行く。コートの中のしっとりとした湿り気とは対照的に、手を伸ばして触れてみた雨は、冷ややかで繊細だった。緊張で心臓の音が乱れている。通りに沿って建っているレンガ造りの建物は、長々と続いており、自分が囲まれているかのような錯覚に陥る。街は、静かだ。人々は連邦から支給された住居に静かに息を潜めている。通りの商店は全て閉まっている。通りから路地に入ると、レンガの壁に人が倒れかかっていた。見ると、水溜まりが薄赤く染まっている。どうやら女のようだ。近づくと、女は虚ろな目をこちらに向け、こちらを見ると、見る見る蒼ざめてゆき、怯えた表情で
「嫌ぁ…もう……しま…す」
と、蚊の鳴くような声で訴えた。
「安心しろ…何もしない。私は、シルロ人だ。」
フードを巻くって、目の色を見せる。
「あ…ああ…」
女は、堰を切ったように涙を流し始めた。涙は雨に混じって、女の頬や鼻筋を濡らしていた。
「あんた、目が紅色だな。ミュールの民か?」
女は、ふぅ、と一息つくとぽつりと呟いた。
「…死ぬの?私…」
女の身体はあらゆる所から出血していた。よく死ななかったものだ。
「常人なら死んでいたが…あんた聖道が使えるようだな。だが…余りにも…出血が酷すぎる」
女は笑っていた。諦め切ったその表情は、何とも言えない悲哀をたたえていた。
「ふふ、死ぬのね…」
「寒いだろ」
耐え切れなくなり、話を遮るようにして、黙って、着ていたレインコ−トを女の身体に被せた。
「あったかい…こんな、こんな…あったかいのね」
俺は一息入れてから聞いた。
「何があった?」
「…貴方のお友達に苛められたのよ」
「お友達…巡回兵に?」
「そうよ。…連邦の軍人は皆腐っているみたいね。」
「………」
「路地裏に引きずり込まれて、体斬られて、レイプされて、尿かけられて…私達が、何したの?私達、畜生以下なの?ねぇ…答えてよ…」
「………」
「卑怯じゃない!私の両親、妹、友達…みんな、みんな…殺されたのよ?何もしてない私達が、あんた達、連邦の軍部の勝手な都合で、150万もの命が…」
ごふっ、と言う音と共に、女は吐血した。
「…いよいよ…ね。思えば…滑稽だったわ。軍人の娘として生まれ、軍人の彼を愛し、軍人に大切な物を壊され、軍人に嬲られて、軍人に看取られて死ぬなんて」
女は一気に喋ると、一息入れて嘲笑した。
「…軍人に縁…あるのか…しら」
吐血しながらも、女は話すのを止めなかった。
「…それ以上話すと死ぬぞ。」
「…喋ら…せてよ。最後…迄、人…と繋が…ていたい。寂しい…恐い…ねぇ、死にたくないよぉ。ね…ぇ、なんで、私は…死ぬの?まだ若い…のに、好き…な人と、も…と繋がって…幸せにぃ…なりた…いよぉ…」
ごふっ、ごふっ…ひゅー、ひゅー…女が息をする度に、断末魔の音色を奏でる。女の口元は血だらけだった。女の顔は哀しみに歪んでいた。思わず、目を逸らして聞いた。
「…最後に何して欲しい?」
女は、すーと手を上げて言った。
「にぎ…っ…て」
女の手を握ってやると、女は少しだけ、心持ち安堵したような感じになった。
「…し…に……な…いよ、シ…エ…」
女は息を引き取った。血を拭ってやると、心なしか、女が笑ったように見えた。
初めまして。中坊のkjboyです。初めての小説なので、至らない所や、意味の違う、誤字脱字があると思いますが、そこらへんのとこは、了承または指摘してください。なにとぞよろしくお願いします。