表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

short story

僕は彼女に何を望む

作者: 沖田コウ


 終点のアナウンスが聞こえた。

 僕はすぐに、正面の席で寝ている女の子に視線を向ける。まだ眠っているようで、頭が前後に揺れていた。

 彼女は黒い髪を、背中の当たりまで伸ばし、左肩から体の正面に流している。そして、顔立ちは一言で言えば、美人。鼻筋が通っていて、どこか日本人離れした顔だった。制服と組章から、この辺りで一番偏差値の高い進学校の、三年生だということは知っていた。

 アナウンスが終わると、彼女はうっすらと眼を開けた。そのタイミングが、いつもぴったりで、僕は毎日のように驚かされる。

「あの、すみません」

 僕は勇気を出して、声をかけた。

 因みに、僕は二年前に彼女と同じ高校を受験して、見事に失敗。滑り止めで受験していた、私立の高校に通っている。

 頭脳明快、容姿端麗。おまけに、美人で年上。少し頭の悪い言い方をすれば、僕の好みのタイプで――――あ、いや、少しじゃないな。大分頭の悪い言い方だった。とにかく、僕とは大違いだ。

 そんな彼女に声を掛けるのは、断崖絶壁から飛び下りるくらいの勇気が必要だった。

「一体なあに?」

 彼女は欠伸の後に、返事をした。いつも、寝ている姿しか見たことがなく、声を聞いたのは初めてだ。思ったより高くなく、大人っぽい感じ。それを聞いた瞬間、心臓が高鳴った。声が震えそうになるのを、何とか堪えた僕は、忘れかけていた次の言葉を続ける。

「あの、少し聞きたいことが――――」

「いいけど、早くしてね。私も学校があるから」

「僕も今日、学校」

「見ればわかるよ」

 くすりと笑う。

「それで、聞きたいことってなに? あ、言っておくけど、彼氏はいるの、とか、メールアドレスを教えて、とかはなしよ。もっと、面白いことを聞いてね」

 それを言われ、今度は僕が吹き出すことになった。失礼かと思ったけれど、仕方ないと思う。だって、彼女が予想した、僕の聞きたいことは、実際に僕の聞きたいことに、掠ってもいなかったのだから。

 不思議そうに、彼女は僕の顔を覗き込む。

「あの、なんで終点になってすぐに、起きることができるのかなって。電車に乗っているとき、寝ているよね。なにか、コツとかあるの?」

「え? ああ……。あの、もしかして、聞きたいことって、そんなこと?」

「うん。僕、よく、寝過ごすんだ。電車でね。だから、君みたいに目的地に着いたら、すぐに起きられたらいいと思うんだ」

「なんだ。そんなことだったの」

 彼女は溜息をつく。

「僕にとっては、けっこう深刻な悩みだ」

「まあ、確かに、深刻かどうかは人によるわね」

「そう。そして、深刻とか重要とかは、その程度のことだ」

 驚いたように、彼女は目を丸くした。

 実際に僕はそう思っていた。片方から見れば、非常に重要なことが、もう片方から見ると、何でもない。世の中、そんなことだらけだ。

「へえ。貴方、面白いわね」

「変わっていると、よく言われるよ」

「うん。まあ、そうでしょうね……。それで、聞きたいことは、『どうして、目的地に着いたかどうかわかるか?』だったっけ?」 僕は無言で頷いた。

「残念だけどコツなんて、なにもないよ」

「え?」

「私、寝ていても周りの音は聞こえるんだ。なんとなくだけど。あ、でも、寝ている時の感覚はちゃんとあるのよ」

 何気なしに言われた言葉に、僕は驚きを隠せずにいた。ずっと何かコツがあるものだと思っていたのに。なにもないだなんて。

「ごめんなさい。期待に応えられなくて。とても面白い話だったわ」

 彼女はそう言うと、くるりと向きを変えて電車から降りた。 彼女に続き、僕も電車から降りる。

「貴方とは、もう少し話していたかったけど」と振り向いて、僕に微笑んだ。「私、もう行かなきゃ」

「それじゃあ、また……」

 僕は、彼女の姿が見えなくなるまで、その場に立っていた。

 彼女の言った言葉が、可笑しかった。「また」だなんて。彼女は「また」僕と話すつもりがあるのだろうか。それはそれで、楽しいかもしれない。どちらかといえば、彼女は僕と同じ部類に入るだろう。なんとなく、そんな気がした。

 風がふわりと通り抜ける。

 今更になって、彼女に名前を聞けばよかったと思った。


初の短編です。と言うより、ショートショートと言った方がいいかな? 頭の片隅にでも、残してやってくれると嬉しいです。

感想、評価等をいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 短い文の中に不思議な流れがありテンポよく読めた上に続きが気になる話でした。
[一言] 短い文章で読み応えがあって、また読み返したくなるような作品で凄いと思いました。 達観している少年と、刺激を求める少女。 この2人が電車内で出逢い、降りるまでの短い時間のやり取りを違和感…
2012/06/05 12:56 退会済み
管理
[一言] 何と言うかちょっと不思議な感じの話ですねぇ。 そう言う質問をした「僕」は何故そんな質問をしたのか。 果たして「彼女」は何だったのか。 短くありながらもどこか独特な雰囲気でいいな、と思いました…
2012/01/23 00:34 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ