第2話『この人、全然否定しないよ』
〜前回までのあらすじ〜
香月は人の顔が皆同じに見えるらしい。
で、なんだかんだで早川は結局、香月が好き。顔が好き。
「どうたった?」
キラキラと目を輝かせて水瀬が感想を聞いてくる。
「色合いは良いけど、味が少し合わないかな」
「そっか・・・。ありがとう!参考にするよ」
そう言って水瀬は真摯に受け止めてくれるから、俺も素直に感想が言える。まぁ、食べるつもりは無かったのだけれど。
「俺のは食べないのか」
こちらはニヤニヤと悪戯な笑顔を浮かべ本田が近づいてきた。推理小説か何かだったら〝下卑た笑い〟と表現されても仕方の無いような、酷い表情だった。
「食べるまでもない」
こちらもキッパリ言ってやった。
そう言われるのは分かっていたくせに、ぶつぶつと文句を言う本田を無視して、香月からもらったケーキを3等分に切り分ける。
お前の方が大きくないか?などと本田あたりから、いわれのない苦情が出てくるかと懸念したが、意外に本田はケーキに見入っていて静かだった。
香月が料理上手なのは、この学校の人間なら既に周知の事実だが、実際その料理を食べた事があるのはごく一部の人間(校長や顧問の教師)だけであった。俺達3人ですらも、今この時が初めての瞬間なのであった。
「んまい・・・」
まず口を開いたのは本田だった。
「そうだね、すごくおいしいね・・・」
つられる様に水瀬も感想を言う。
「うまいな」
俺を含め、気の利いた感想を言える面々ではなかった。ただ、とりあえず今まで店で食べたどのケーキより美味しかった。
「今まで店で食ったどのケーキよりうまいぜ!」
本田が叫ぶ。
「それはお前が安いところでしか食べてないからだろ」
今まさに思っていたことと同じコトを言われたのだが、憎まれ口を言ってしまった。
「そんな事ねぇよ。前に父さんが会社の人から貰ってきた結構高いケーキ食ったコトあるんだけど、それよりも美味かったかもしれないぞ」
「確かに。やっぱり実際食べてみるとすごいね」
水瀬が軽く握った右手を顎の下に乗せ、じみじみと言う。彼の言う通り、食べてみて香月の凄さが改めて実感できた。そしてさらに好きになった。
「でもさ、なんで食わしてくれたのかな?」
少し小恥ずかしい台詞を思いつつ、香月の方をちらりと見ようするのを妨げるかように、本田が呟いた。
俺は香月の方に向きかけていた首を元に戻し、本田の顔をじっと見た。
「いや、だって。いつも田辺が食うし、残っても持って帰るじゃん」
「そういえばそうだね」
水瀬も頷く。
確かにいつもは香月だけでなく顧問の田辺先生が味見をするし、残った時は(だいたい残る)自分のタッパーに入れて持って帰っていたのである。
(これは、話が出来るチャンスか?)
これならごく自然に香月に尋ねる事が出来そうである。そう思い席を立とうとした瞬間、「なぁ、何で今日は持って帰らないの?」と本田が大きな声で香月に話しかけた。
(こいつ・・・)
俺は小さく一つため息をつく。
「今日は両親が旅行で居ないから」
後片付けをしつつ香月が答える。「私は甘いもの苦手だから」少し間を空けて、さらにそう続けた。
「あ、甘いもの苦手なんだ?」
俺はすかさず質問した。
「うん」
「へぇ・・・」
会話が終わる。『一人っ子なんだ?』『どこに旅行に行ってるの?』などこっちの方が会話が続いたのではないか、と思われる言葉達があとからぽつぽつ浮かんできた。
そのまま片付けの終わった香月は「じゃあ、先に帰るね」と言って家庭科室を出る。
その後、本田と水瀬は来週に控えた中間テストの話をしてたが、俺はその会話に参加する気にはなれなかった。
「全然興味なさそうだな。良いよな、別に勉強しなくてもそこそこ点数の取れるヤツはよ」
本田が嫌味ったらしく言ってきたが、俺は特に反論もせずに曖昧に頷くだけで返す。
「おお、否定しませんよ」
わざとらしく大袈裟な顔を作って本田が水瀬に言った。
「どうしたのボーっとして。香月に会いたいの?」
水瀬が真顔で尋ねてきた。
「えっ?」
「えっ?」
同じリアクションを俺も本田もとる。
天然なヤツは変なところで鋭い、と言うのを聞いたことがあるけれど、まさかこんなトコロで実感することになるとは思わなかった。
水瀬は表情こそ緩めたが、視線を外そうとはしない。
(ここで認めるか、シラをきるか)
気恥ずかしいのもあるし、本田には何となく知られたくない(なんか騒ぎそうだし)。しかし、水瀬のどこか確信めいた態度も少し気になる。はたして誤魔化せるだろうか。
そう考えている間に、結構時間が流れていたようで。『肯定の沈黙』と2人にはとられてしまったようだった。