第1話『僕には興味ないけど』
人の顔が全て同じに見えると言う女が、クラスにいる。誰が話しかけても、顔が同じに見えるため区別がつかないらしい。
安須河高校2年、早川信二。俺は、クラスに不思議な女がいる以外は、普通の高校生と何ら変わらない生活をおくっていた。
その日もいつもと変わらず最後の授業が終わり、担任がホームルームを始める。
それが終わると俺はいつも別館の2階にある家庭科室に行く。
「料理研究部」。これが俺の所属する部活。
別に料理に興味がある訳ではない。この部活は自由に料理を作って勝手に食べることができ、料理の材料は部費でおとせるのだ。
貧乏学生である俺には、貴重な食事の場所である。部員4人のうち3人は俺と俺の友人で、いつも適当に作っては、勝手に食べていた。
何故こんな部活に部費が出るのか。それは、残りの一人がしっかり活動しているからである。
毎年秋に行われている「高校生創作料理コンクール」に2年連続で3位入賞し、安須河高校の神田川の異名をとる女、香月杏里。彼女の功績で、うちの部活に部費が支給されているのである。
しかし、この女。あの有名な、人の顔がすべて同じに見えると言う(俺に言わせれば)失礼な奴なのだ。
「早川、これなんかどう?」
そう言って渡されたのは、イチゴ大福にマスタードがかけられた可哀想なモノだった。
イチゴ大福にこんな酷い仕打ちをしたのは、本田好男。狐目の、いつもニヤついている男で、見た目は軽そうだが、頭も軽い男だ。
クラスは違うが中学からの友人で、この部には俺と同じ時期に入った。しかし、こいつは家が裕福で、食べることに困っていないのである。
なので、時々食べ物で遊ぶようなことをする。これが俺は気にくわない。この貧乏人を冒涜した行動。食べ物のバチが当たってピーマンか何かに、五体バラバラに引き裂かれればいいのにと、たまに思う。
「おい、なんてもったいな・・・」
「早川、これなんかどう?」
俺が言い終わる前に他の声が遮る。そして渡されたものは、イチゴ大福にワサビが塗られたものだった。こっちの実行犯は、水瀬樹一郎。俺や本田と違い、初めからこの部にいた人間で、クラスは俺と同じだ。茶髪の優男で、こいつも見た目とそう変わらない男だ。
「これはね、イチゴ大福の甘さとワサビの辛さが丁度いいギャップを生み出してると思うんだよ。そしてさらに色。薄いピンクとエメラルドグリーンってスゴイきれいな組み合わせだと思わない?」水瀬は目を輝かして言う。彼は本田と違い本気なのである。
「確かに。ただ、まず自分で食ってみろ」
そう言って、俺は水瀬の前に大福を置いた。
「うん、いいよ」
「ちょっと、ストップ!」
水瀬は、何のためらいも無く大福を食べようとしたので、止めておいた。
「やっぱり本田に食べさせよう」 俺がそういうと案の定、本田が噛み付いてくる。
「おい!何で俺が食わなきゃいけないんだよ。だいだい、こんなの人間が食うものじゃねぇじゃん」
本田の言葉に水瀬が「えっ」と声をあげた。
「お前じゃあ、あれは何だ。あれは人間は食えるのか?」
俺は、可哀想なイチゴ大福の黄色い方を指差した。
「食えねーよ!」 本田は、さらっと言い放つ。
「じゃあ、何で俺に食わせようとしたんだ。あれか?俺は人間じゃないとでも言うつもりか」
「お前は人間だよ!それ以外の何だって言うんだ?」
本田は俺の両肩に手を置き、大真面目な顔で言った。ここで俺が本田の言葉の不自然さを指摘しても、本田は理解してくれないだろう。
俺はため息を一つついて、自分の料理に取り掛かろうと冷蔵庫からマヨネーズを出そうとした。その時、「あの」と香月から声を掛けられる。
「作りすぎたんだけど、良かったら三人でどうぞ」
そう言って香月は、光沢のある茶色で統一されたシンプルなチョコレートケーキが盛られた少し大きめの皿を手渡す。
「ああ、ありがとう」
他の二人から「いいなぁ」と言う声が漏れる。しかし、香月は〝俺〟だと判断して渡したわけはでない。たまたま、近くにいたのが俺だっただけだ。事実3人に、と言っている。
しかし、分かっているのだが、自分でも少し高揚する気持ちになった。それを二人に悟られないように声を落ち着かせて「お前らも礼を言えよ」と言う。
素直に礼を言う二人と香月を眺めつつ、香月の作ったチョコレートケーキをテーブルの上に置く。自然と笑みがこぼれる。
この二人はもちろんのこと、今まで香月に興味ない体でナレーションしてきたが、実は俺は香月が好きだ。顔がタイプだ。
礼を言い終えた二人がこちらを向く。しかし笑顔が引いてくれない。俺は照れ隠しに、ワサビの塗られたイチゴ大福を右手で掴むとそのまま口へ放り込んだ。
水瀬の言うようにワサビがそんなに気にならず、もしかしたら相性が良いのかも・・・と思ったが、やはり気のせいだった。
合わない上に、ワサビはこんな時に爽快に鼻に抜けてくれなかった。
初ラブコメです。
守備範囲外です、マジ自信ないです、恥ずかしいです。