ああ我らが愛しの馬鹿君
この作品は御馬鹿要素が多分に含まれます。用法用量を守り正しくお読みください。
昔々、それはもう今から数えると気の遠くなりそうな昔、ここより想像もつかないほど遠い遠いかの地に、一人の王子様がおりました。
王子様の御国はとっても独裁国家で、というか王子様ご自身がとんでもない独裁者で、国の全てが王子様のご機嫌一つで右往左往する、そんな従順な犬のような国家体制をとっておりました。
それというのも王子様ご自身が他に類を見ないほどの俺様的ご気性の持ち主でいらしたので、気がついたときには時既に遅く、国中のもの全てが王子への忠誠を誓わされていたのです。
もちろん、ただ俺様なだけの独裁者など、かるーくあしらわれて終わりです。世の中そんなにスイーツ(笑)のようには出来ておりません。
ですが王子様と来たら幾つになっても短気で我侭で、世の中なんでも自分の思うとおりにいくと思っていて、その癖うまくいかないとへそを曲げたり怒鳴り散らしたり逃げたりするのです。
そんなやんちゃ小僧も真っ青で逃げ出すような王子様の世話の焼けっぷりに国民みんなが『あらあらまあまあ』と優しくせざるを得なかったのです。つまりは国民みんなが王子様に優しかったのです。
さて、そんな事など露知らず、今日も今日とて王子様は傍若無人っぷりを発揮します。みんなはいつも通り、『また馬鹿なこと言い出したよこの王子様は……』と思いながら、馬鹿王子を温かい目で見守っています。
今日もそんな日常からほんの少し歯車のずれた日の、お話。
「よーし、今日はプリンでプール作ろうぜ!」
朝食のプリンの最後の一匙を食べた後に、王子様は仰いました。使用人共々、『また始まった』と、暖かい笑みがこぼれます。馬鹿すぎると、逆に何を言ったところで可愛く見える典型です。ところが、使用人のうちの一人、王子の側近のキールが、にこりとも笑わず呟きました。
「殿下、差し出がましいことを申し上げますが、プリンで、ではなく、プリンの、ではないかと」
「ん? プリンでプール作るんだろ? プリンの? 一緒じゃないか?」
王子様はキールの訂正の意味も飲めていないようです。馬鹿です。でもみんな、そんな王子様に萌え萌えしています。キールはなおも、言いました。
「わかりました。ではその辺は後ほどきっちりご理解頂くとして、殿下のお言葉にはあまりにも現実味が欠けておられるかと、存じ上げます」
「ゲンジツミ……調味料か? 作るのは俺じゃなくて、パティシエのポーラだ! 心配するな!」
みんな、心の中で、『お前の脳みそが一番心配なんだよ、このお馬鹿!』と叫びました。愛ある叫びです。それでもキールだけは相変わらず表情をぴくりとも変えないまま、なおも言いました。
「もう一つ申し上げてもよろしいでしょうか」
「ん? 駄目だ!」
「はい、では……え?」
「ん?」
「え?」
空気も読めないお馬鹿王子です。いちいち伺っていたところで聞くわけがありません。キールは仕方なく、聞かなかったことにしました。オホンと一つ咳払いをして、場を持ち直します。
「ええと、はい……よしんばプリンをプールに出来るほど作ったところで、誰がそれを食べき」
「そういえばプリン体ってプリンに入ってるのか?!違うのか?!」
独裁者なので、人の話も聞きません。その上人の話を聞かないくせに、にわか知識で思い込んで突っ走ります。
「プリン体って取りすぎたら駄目なんだろ! じゃあプリンでプール作ったら、ある意味死刑場だな! あれ? 俺死刑?」
ここでキールが、初めて表情に変化を見せました。心なしか、疲労が目の端に浮かんでいるようです。溜息をつきたくて仕方ないのか、頬がひくついていました。
さて、どうしましょう。ここまでくると、粘っていたキールがいささか気の毒です。見かねた使用人のうちの一人が、キールの代わりに王子様に申し出ました。
「殿下。誰も死刑になどなりたくはありませんし、罪を犯したものもおりません。ましてや殿下が死刑になどと、」
「ギロチンを持ってこい!」
「どうしてそうなるんですかーーっ!」
王子様の突飛といえばあまりに突飛過ぎる発言に、その場にいたもの全員が目玉も飛び出さんばかりに驚きました。
一体何が気に障ったというのでしょう。先ほどの使用人は、とんでもないタイミングで声をかけてしまったと、全身血の気が引いたように真っ青です。
王子様は清清しい朝を迎えたかのような爽やかな笑顔で、言いました。
「とりあえず死刑になっとかなきゃな!プリン体で死んでも困るし!」
最早何を言っているか誰にもわからないほどの次元で、王子様は突っ走っていました。とりあえずなんらかの予防策に(例え本末転倒だとはいえ)死んでおくらしいと、それだけはわかりました。
けれど駄目です。いけません。王子様が死んでしまったら、一体誰がこの国を支えるというのでしょう。
というか、いいえ、訂正。この国は一体誰を支えていけばいいのでしょう。今まで、総力を挙げてこの馬鹿王子を支えてきたというのに、それがなくなってしまっては生き甲斐をなくしてしまいます。
さあ、困ったことになりました。一度言ったらてこでも意見を曲げない、もとい、人の話を聞かない王子は、なんとかしないと本当に首を切ってしまうでしょう。切ってしまった後にどうするかなんて、考えていないくせに!
さすがの使用人達も、今回ばかりは萌え萌えしていられません。どうやって王子様を丸め込もうか、王子様を除いたその場の全員が全力で思索し始めました。そして一人の老人が、王子様に語りかけました。
「殿下、首を切ったらプリンは食べられません」
「でもそのままでプリンを食べたらプリン体の過剰摂取で死ぬだろう?」
馬鹿の癖に変に言葉を知っているものだから、手に負えません。また若いメイドが、語り掛けました。
「でも殿下、そもそもプリン体はプリンにはそう沢山含まれているものではなく、それに過剰摂取したところで引き起こされる作用は痛風などの」
「じゃあなんでプリン体って言うんだ? プリンだからだろ?」
ああもう聞き分けの無い! ああ言えばこう言う!
皆、段々と苛々してきました。こういう手合いは無視しておけばいいのですが、無視すると何をやらかすかわからない上、一国の王子様を無視するなんて無礼は誰も働けません。一体どうしたらこの馬鹿王子に死刑という名の自殺を止めさせて、プリンのプールを諦めさせる事ができるのでしょう。
しかし、その場者が一様にして眉間に皺を寄せ始めたそのとき、キールが申し出ました。
「わかりました。では処刑人は誰にやらせましょう」
「キールさん?!」
なんとまあ、一番懸命になって引き止めるはずのキールさんが、さらっと王子様の処刑を肯定してしまいました。みんなが目を丸くして呆気に取られる中、王子様だけが目をキラキラと輝かせて喜びました。
「よし! じゃあ、早速ギロチンと処刑人の用意を!」
「なりません」
「んん?! なんでだ!」
先ほどの発言から手のひらを返したような返答に、さしもの王子様も頭に幾つも疑問符を浮かべました。キールさんはただただ、しれっと知らん振りをしています。
「私は、一体この国の誰が王子様を処刑できるのでしょうとお尋ねしたのです。処刑人風情が一国の王子を処刑できるとお思いですか?殿下」
「む……それも、そうだな! 俺は高貴な身の上であるからして、誰にも手が出せんのだ! ひれ伏せ愚民共!」
「ひれ伏すのは大いに構いませんがそれでは殿下の首をはねる事ができません」
「む!」
む! じゃありません、このお馬鹿。難しい顔を作ったって、脳みそ空っぽなのは一目瞭然なんですからね。
見事王子の勢いをせき止めた頭脳派キールさん。王子の隙に、すかさず畳み掛けます。
「王子、何も一度死ぬ事はありません」
「なんでだ! 死なないと俺はプリンを一生食べられない!」
なんだかぷりぷり怒っていらっしゃいますが、微妙に論点がずれてきていますよ王子様。
「ですから、プリンのプリン体で死ぬことを防止する為に死ぬよりも、プリン体に耐えられる身体を作ればいいわけです」
んん? 王子様に限らず、その場の皆さん(キールさんを外して)が、疑問符をひょこひょこ頭の上に掲げました。
だんだん何の話をしているのかすら解らなくなってくるほどちんぷんかんぷんの会話。ついていけるキールさんあたり、さすが王子様の側近とされるだけあります。
とにかくみんなは思いました。キールさんがんばって! なんでもいいからあの馬鹿に思い知らせてやって!
ごほんと一つ咳払い、キールさん。まあ不思議、なんだか何をしても、頭が良さそうに見えてきます。
「身体をプリン体に慣らすのです、殿下。毎日のおやつをプリンにして、少しづつプリン体に耐えられる身体作りをしていくのです」
「おお! なるほど! 頭いいなお前!」
会話自体はさほど頭のよろしい会話とはいえない、むしろイカれつつあるような内容なのですが、王子様はキールさんの提案にいたく感激したようです。
王子、プリン好きですもんね。毎日食べられたら、嬉しいですよね。よかったね、王子。
「よし! プリンを持ってこい!」
「駄目です」
「なんでだよ!」
王子様は顔を真っ赤にしてお怒りになりました。アラ不思議、もう何をしてもお馬鹿にしか見えません。
「今日のぶんのプリンはたった今食べ終えられましたので、また明日です」
「ええー!」
「駄目なものは駄目です。プリンは一日一個まで!」
さっきと言っている事が微妙に食い違っていますよキールさん。とは、もう誰も言いはしません。王子様はそんな事にも気付かずにしゅんとなり、素直にプリンを諦めました。
「……わかった。今日は諦める。けど俺はいつか絶対プリンのプールを造って見せるからな!」
「その意気です、殿下。我々も総力を挙げて、お手伝いいたします」
「うむ! よきに計らえよ、わが愚民ども!」
はい、我が愚殿下。皆さん、心のうちは隠したまま、ほっとして恭しく頭をたれました。ただその心のうちにも、少しだけ、『その心意気をもう少し違うところにも発揮していただきたいものだ』と虚しさも伴っていたのでした。
それから幾日かが経ち、毎日おやつにプリンを出されることに飽きた王子様は、次第にプリンのプールの事もすっかり脳内初期化させてしまい、また次の要らない懸念を家臣たちに投下しては右往左往するのでした。
こうして馬鹿王子の日常は、いつもいつも波乱万丈なのか平穏なのかわからない日々で埋め尽くされているのでした。
それでもどうして王子が王子と呼ばれるのか。それは国民みんなが、王子様の事を大好きだからです。馬鹿な子ほど可愛い。これは、世界中のどの王子様やお姫様よりも、国民に愛され続けた王子様のお話です。
怒りや困惑はあっても、最後にはみんなが笑って明日を迎える。目の醒めるようなロマンは無くとも、心を揺さぶる日常がある。そんな平和で暢気で地味な小国が、この世界のどこかには、あったのでした。
読んでくださりありがとうございます。なろうで初投稿が馬鹿王子……。初っ端からかましてしまいました。