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究極のアップルパイを一口盗み食いされたので、世界滅亡を企む巨神を巻き込んで大喧嘩してみた件。

掲載日:2026/02/02

「あああああああああああ!!

 わたしの、わたしの最高傑作がぁぁ!!」


少女ニル(15)の絶叫が、

古寺院の森を震わせ、

空飛ぶ鳥たちを叩き落とした。


その頃――

王都レオグランでは。


人類最後の希望たる騎士団が、

世界を滅ぼす“巨神”グレイデスの進軍を前に、

すでに敗北を覚悟していた。


魔法も、物理も、通じない。

止める術のない無敵仕様。


かつて英雄と呼ばれた男が、

今は“倒せない災厄”として歩いてくる。


――それだけで、十分すぎる絶望だった。


だが、今のニルにとって、

世界の終わりなどどうでもいい。


目の前には、

百回以上の試作を経てようやく完成した

『魔果林のアップルパイ』。


その、一番美味しいはずの「端っこ」を、

見知らぬ不良少女が無遠慮にモグモグと咀嚼していた。


「……ンま!! なにこれ、最高!!」


悪びれもせず親指を立てる不法侵入者、

ビズギット(17)。


その瞬間、

ニルの脳内で「何か」が完膚なきまでにブチ切れた。


王都に死の足音が迫る裏側で。

――地形を変えるほどの大喧嘩が、

今、幕を開ける。


◆◇◇◇――


少し前――


王都から少し離れた古寺院の跡地。


崩れた祭壇の隅で、

何も知らないひとりの少女が黙々とパイを焼いていた。


ニル。


金髪ツインテール。まだ幼さの残る顔立ち。

彼女は、石窯の前でじっと焼き色を見つめていた。


指先が、わずかに震える。


(今日こそ……“一番”に仕上げる……)


材料は、“魔果林のリンゴ”。


満月の夜にしか採れない、甘酸っぱく魔力循環を整える希少果実。

ニルは、そのリンゴで百回以上パイを試作している。


けれど、一度も満足したことがなかった。


「……温度……よし」


パイの生地が薄い金色に色づき、ふっくらと膨らんでいく。

香りは、焼きたてのバターとリンゴの甘酸っぱさが絶妙に混ざり合っていた。


そのとき――遠くから、わずかに怒号が聞こえた。


「巨神グレイデスが王都へ向かっている……!」

「急げ! ここで食い止めるぞ!」


世界の終末を告げる声が、すぐ横を通り過ぎていく。


だが、ニルは石窯から目を離さなかった。


「……もう少し」


やがて、パイが焼き上がる。


彼女は慎重にそれを取り出し、そっと息をついた。


「……ようやく、完成に近い……」


ほんの少しだけ、口元が緩む。


それは、彼女にとって“世界で一番大切な味”。

祈りにも似た、たったひとつの到達点。


――その一切れのパイが、

後に寺院一帯の地形を変える“死闘”を生むなど、

このときのニルは知る由もなかった。


「ハーブティーも淹れないと……」


ニルが立ち上がり、祭壇の裏手へと歩いていく。


その、ほんの一瞬。


カツン、と足音。


林の影から現れたのは、一人旅風の少女だった。


漆黒の髪を後ろで束ね、切れ長の瞳は鋭く光る。

ピアスがいくつも耳で揺れ、全身から“獰猛”という言葉が漏れ出ている。


ビズギット。


「お、なんかうまそうな匂いすんじゃん」


人の視線がないことを確認するより早く――


ビズギットは、焼きたてのパイに手を伸ばした。


迷いも逡巡もなく、

一切れをつまみ上げ、

そのまま口に放り込む。


「……ンま!! なにこれ、最高!!」


その一言が。


世界を壊すほどの大喧嘩の始まりだった。


――◇――


◆――数刻後◆


焼け焦げた古寺院。

炎と雷が空気を裂き、瓦礫に血が染み込んでいた。


地面には深いクレーターがいくつも刻まれ、

岩盤はヒビ割れ、赤黒い液体が染み出している。


遠くの山脈の一部ですら、抉られたように崩れ落ちていた。


古寺院前の広場。


血と灰にまみれた瓦礫の上で、

二人の少女が向かい合っていた。


ニル。

唇の端から、一筋の血が伝う。

逆手に構えた短剣が、指先でかすかに震えていた。

その蒼い瞳の奥には、冷徹な知性と戦略眼が光っていた。

これまで彼女は、誰に対しても"勝つ未来"しか見えなかった。


だが――今回ばかりは違う。

未来が読めない。


対するは、漆黒の髪を乱暴に束ねた少女。


ビズギット。


腹に斜めの裂傷。

服は血で赤く染まり、黒衣のあちこちが裂けていた。

そして彼女もまた、初めて通じない相手に、苛立ちを募らせていた。


その原因は、わずか一口の“過ち”だった。


ニルが朝から焼いた、自家製アップルパイ。

幻のリンゴ《魔果林のリンゴ》を贅沢に使った、百回以上の試行錯誤の末の一枚。

そこへ、偶然通りかかったビズギットが一切れをかじってしまった。


「ンまいじゃねーか、これ!」


……その一言が、すべての始まりだった。


それからわずか数分で、周辺の地形は崩壊した。

“二人のチート”による、常識外れの魔力衝突。


互いに初対面。

互いに「簡単に勝てる」と思っていた。


だが今、二人は生まれて初めて、

自分の力が"通じない"相手に出会ってしまったのだ。


一切れのパイ――いまはもはやどうでもよいことだった。


二人の瞳に映るのは、ただ一つ。


【――殺らなきゃ、殺られる】


「なんだコイツ……魔力で押しても……通じねぇッ!」


ビズギットは舌打ちを噛み殺す。

炎を放つが、紙一重で避けられ、壁が焦げるだけ。


腐食(ふしょく)の業火』――伝説級の魔物ですら骨ごと溶かす魔炎が。


続けざまの雷撃も、寸前で回避されて地を焼くだけ。


天雷(てんらい)』――空を裂き、山を砕く雷光が。


(なんで……効かない……!?)

生まれて初めての"疑問"が、胸にこだまする。

焦りを誤魔化すように、怒気を全身にまとった。


ニルの内心もまた、波立っていた。


「はじめてですよ。あなたのような相手……」


声は冷たい。

だがその奥には、理不尽に踏み(にじ)られた大切なものへの怒りがあった。


「では、これでどうです!」


直後、地鳴り。

寺院の一角に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、ビズギットに向けて崩落する。


地形崩壊術式ちけいほうかいじゅつしき』。


解析視で構造を瞬時に見抜き、最適な崩壊地点を突いた精密魔術。


「チィッ!!」


間一髪、ビズギットは雷撃をまとい浮遊する。

空気を震わせ、周囲を()く雷がその身を包む。


その一瞬。

ニルが踏み込む。


神速斬撃(しんそくざんげき)』――空間すら歪む、閃光(せんこう)の踏み込み。


……二メートル。一メートル。

詠唱の隙は、与えない――はずだった。


だが――


「甘ぇよッ!!」


咆哮と同時に、ビズギットが雷を纏って滑り込む。

電撃が地を這い、彼女の身体が弾丸のように前へ突き出る。


ニルは止まれない。

空間の歪みが残る中、膝が突き刺さるように目前に迫る。


バリアの展開――が、僅かに遅れた。


……


グゴッ!!


雷光を纏った膝が、ニルの顔面を捉える。

――確信の手ごたえ。


鼻から鮮血が噴き出した。

衝撃と共に、ニルの小さな身体が地を滑っていく。


ビズギットが勝ち誇るように微笑む。


「終わったな!」


その目に宿るのは、“これで決めた”という光。


だが。


ニルは、崩れた石の上で膝をつき、ゆっくりと顔を上げた。

片手で鼻の血を拭いながら、もう片方の手が、静かに短剣を握り直していた。


「……見事な一撃……ですが……」


ニルの声は落ち着いていた。

だがその蒼い瞳の奥には、怒りの波紋がゆっくりと広がっていた。


「もう……私も……アップルパイも……ぐちゃぐちゃですよ!」


ニルの脳内では、すでに反撃パターンが再構築されていた。

呼吸、距離、次の動作。最短ルートを、正確に。


「今度は……私の番です」


ニルは手を開き、軽く指を弾く。


**パチン――**と乾いた音。


ビズギットの背後で、空気がほんのわずかに波打った。

蹴りを喰らう瞬間、ニルは一本の極細の魔糸を、彼女の背中に仕込んでいたのだ。


それがいま、**背を押す“見えない一手”**として作動する。


「うわッ――!?」


一瞬、体勢が崩れた。

その隙に、目の前から短剣が(ひらめ)く。


ズリッ――!


脇腹を穿(うが)つ刃。

そしてそのまま、刀身から魔術が解き放たれる。


内臓振動(ないぞうしんどう)』――体内から破壊する、非人道的な震動魔法。


「ぐ、ッ……はッ!!」


ビズギットが呻く。

口から血の泡が漏れ、膝が一瞬ガクッと落ちる。


だが。


「――ッらぁ!!」


叫びとともに、拳を固めて反撃する。

崩れる体勢のまま、右拳に魔力を収束させた。


……


ズゴンッ!!


『超重力打撃』。

拳がニルの頬骨にめり込む。

骨が軋み、口の端から赤い雫が飛ぶ。


ニルの身体が横に弾かれ、地を滑る。

だが、倒れず。すぐに足を踏みしめ、膝をついて構え直す。


――二人の血が、瓦礫に滴った。


「負けねぇぞッ!!」


ビズギットの声が、古寺院の壁に反響する。

その拳に、再び雷が集い始めた。


「……私も……ここでは負けられません……」


ニルもまた、構えを低くする。

顔には血、腕には痣。

だが蒼い瞳は濁らない。


ビズギットが詠唱に入る――『終焉の雷』。

一詠みで山を吹き飛ばす、最終破壊術式。


「これで終わらせる!」


空気が軋み始める。

地に走る雷光。放てば、すべてが終わる。


だが――


「させません」


『神速斬撃』――ニルが喉元へ突進。

肩からの鋭い体当たりが、詠唱の言葉を吹き飛ばした。


……


ドゴォン!


瓦礫が弾け、壁が砕ける。

二人の身体がもつれ合い、地に倒れる。


魔術師ではない。今、彼女たちはただの獣だった。


肘、拳、膝、頭突き。

骨と骨がぶつかる音。拳が腹に、頭が顎に、容赦なく打ち込まれる。


「ハアッ! ハアッ!!……やっと身体があったまって来たな!」


ビズギットの唇に、血まみれの笑みが浮かぶ。

その瞳には、怒りと愉悦が入り混じっていた。


「……はあ、はあ……まだ……まだ……これからです」


ニルの瞳は、冷静に、次の攻撃パターンを読み切ろうとしていた。

しかし、そこにもわずかに“熱”が灯り始めていた。


意地と意志の応酬。

怒りに似て、だがそれ以上に鮮烈なもの。


──興奮。

──“対等”という奇跡。


この戦いに、彼女たちは、奇妙な高揚すら覚えていた。


──だが、そのとき。


空気が変わった。

異様な重圧が、ゆっくりと、しかし確実に迫って来る。


──それは、明確な“死”の感触。


「……来ているぞ……っ!!」


寺院の脇に逃げ込んできた王都の英雄や近衛たちが、絶叫する。


ニルは短剣を止め、ビズギットも振り返る。


崖の霧がざわめき、その向こうに巨大な“何か”の影。


「グ、グレイデス……!!」


どこかで、兵士の悲鳴が響く。


空気が、凍る。

ただ近づいてくるだけで、命が削れていくような圧。


ニルは短剣を納め、ビズギットは赤い唾を吐き捨てた。


「チッ……じゃまが入ったなッ!! 次、絶対潰す!!」

「……ええ……その時まで……覚えておきます……」


ボロボロの二人は、魔力を再構築し、視線を交差させた。


その瞬間。

寺院の崩れかけた壁が、二人の背後で大音響とともに崩れ落ちた。


だが彼女たちは、振り返らない。

舞い上がる土埃の中――迫る巨影を見据えていた。



崩れた古寺院の裏手。


名だたる勇者や兵士たちが、

瓦礫を踏み越え、

我先にと逃げ惑っていた。


「退けっ! 全員、退けぇ!!」


王都軍・騎士団長エルダンが怒鳴る。


だが背後から迫る“それ”の気配に、

誰も振り向く余裕はない。


空気が震える。


まるで大地そのものが、

呼吸を止めているかのような、

圧倒的な圧。


ドスン。


……ドスン。


林の中から、

巨躯の影がゆっくりと姿を現した。


――グレイデス。


その漆黒の姿を目にした者は皆、

“人ではない何か”を直感する。


身の丈は五メートルを優に超え、

ただ立っているだけで、

周囲の建物を威圧する存在感。


右手に握られた武器は、斧でも剣でもない。


巨大な・《戦鎚》。


人間が扱うにはあまりに過剰な鉄塊を、

彼は片手で、あまりにも自然に持ち上げていた。


それは、敵兵だけでなく、

砦ごと戦線を潰す、“質量による判決”。


黒鋼の甲冑は不規則に歪み、

装飾というより、

呪いそのものが具現化したかのように尖っている。


むき出しの胸部には、古の紋章が刻まれ、

黒ずんだ血管が浮き上がっていた。


黒き兜は、

頭頂からねじれた角のような突起を伸ばし、

鼻と口を除くすべてを覆い隠していた。


その異形は――

彼の“正気”を閉じ込める檻のようでもあった。


前面のバイザーに刻まれたわずかなスリットから、

赤い光がじわりと漏れている。


鉄のような足音が、静寂を砕く。


一歩、踏み出すたびに大地は呻き、

空気はざらついた。


まるで、

その歩みそのものが“死の宣告”であるかのように。


「グ……グレイデス……!!」


英雄の一人が、顔を引きつらせたまま呻く。


だが、グレイデスの赤い瞳には、激情も冷笑もない。

ただ、静かで、止まらぬ冷徹な意志だけが宿っていた。


兵の一部は、恐怖に震えながらも振り返り、剣を構える。


しかし、既に先の戦闘で数十名が倒れていた。


グレイデスの周囲には、黒い波紋のような“何か”が漂い、

近づくだけで、皮膚がざわりと軋む感覚がした。


「……無理だ……!」


誰かの声が零れ、絶望が伝播する。


エルダンは部下たちの顔を見渡した。


そこへ――。


……


ズズン、と空気を裂くように、

寺院跡の正面から二つの影が飛び込んできた。


エルダンたちは身構えた。

まさか――敵の三大将軍。


しかし、そこへ現れたのは……。


既に満身創痍(まんしんそうい)──血と泥にまみれた少女二人だった。


ニルとビズギット。


「止まれ……ッ!? 子供……?

 ──いや、なんだ……この圧は……」


エルダンが目を見開く。

初めて見る少女たちに、

誰一人期待していなかった。

彼らの目には、

前へ飛び出して来た、

ただ無謀な少女にしか見えなかったのだ。


「なんか、強そうだな。……殺るか」


ビズギットは腕組みをして、

血の滲んだ口角を吊り上げる。


「そうですね……私も少々、

 鬱憤(うっぷん)が溜まっていますので」


ニルが短剣を構え、

目元に微かな笑みを浮かべた。


次の瞬間――

二人の少女は、同時に地を蹴っていた。


「なっ……!」


エルダンの部下たちがざわつく。

その勢いと気迫に、一瞬だけ思考が追いつかない。


「と、とにかく! あの二人に――」


側近が血の気を失った顔で叫ぶ。


「グレイデスには、

 物理も魔法も通じないことを伝えなければ――!」


しかし。


「いや。……残念だが、その必要はないだろう」


エルダンは、静かに首を振った。


――あの少女たちは、瞬殺される。


誰もが、そう思っていた。



ビズギットはグレイデスの前に立つと、

迷わず広範囲雷撃を放った。


天蓋(てんがい)穿(うが)つような光がグレイデスの巨体を包み、轟音が響き渡る。


その瞬間――

ニルが高速のステップで懐へ滑り込み、

短剣の刃先で戦鎚をもつ手元を狙う。


グレイデスのその足が、

後方へ、

わずかにだが、軸をずらすように揺れた。

――初めて、彼の動きが“防御”になった。


そのほんの一瞬。

だが、あの巨神の体勢をわずかでも崩したという事実に、

エルダンたちは目を見張った。


「……この二人、まるで噛み合っていない。

 だが、不思議だ……戦場のリズムが、

 彼女らを中心に変わっていく……」


エルダンは心の奥で、

不意に何かが灯るのを感じた。

それは、

希望と呼ぶにはあまりにも微かな感情だったが、

確かにそこにあった。


だがその目が、すぐ冷えた光を取り戻す。


グレイデスは、腕を振るい大槌で雷撃を吹き払い、

そのままニルの動きに正確に追随して、

大槌を二人に向けて横薙ぎに振り払った。


鋭い風が地面を削り、岩を裂いた。


ビズギットは後方へ転がりながら衝撃の余波をかわし、

着地と同時に次なる魔力の構築に入る。


「てめぇ、もうちょい派手にやれよっ!」


ニルに言い放ちながら雷撃を増幅させる。


「無計画に派手に撃てば、

 こちらが不利になります」


ニルはわずかに眉をひそめながら、

空中で二回転し、

上空で体勢を立て直した。


「チッ……細けぇなっ!」


「……慎重は悪いことではありません」


エルダンたちが息を呑む。


「攻撃を受けて……躱した?」

「なんだ……あの二人、ただ者じゃない……!」

「もしや……! この二人なら……」


絶望という色しかなかった瞳に、

かすかな光が戻り始めていた。


消えかけていた希望が、

わずかに芽吹こうとしていた――そのとき。


……


遠く、丘の上から。


軽快な馬の蹄の音。


「おーっ、やってる、やってる♪」


銀髪の少年が、ひょっこりと姿を現した。


馬の背に揺られながら、

緩い笑みを浮かべ、

手をひらひらと振っている。


バッドレイ(16)。


その瞬間。

グレイデスの赤い瞳が、ゆっくりと動いた。


異物を捕捉する。


まるで精密な機構の中に、

異質な砂粒が一粒だけ混ざり込んだかのように。


魔力でも、膂力でもない。

数値化できない“何か”を、この少年から感じ取ったのだ。


沈黙――。


互いを測り合う、ぬるい緊張が空気に滲む。


だが、バッドレイは、

相変わらずのんびりと笑いながら言った。


「え、俺? 見物人、見物人。

 戦う気なんてないんで~♪

 やってやって」


場が、一瞬だけ凍りつく。


グレイデスは動かない。

やがて、静かに視線を元へ戻した。


優先すべきは、目の前の敵。


その時――ニルとビズギットが、

前を睨んだまま、同時に呟いた。


「……こういう巨体の敵は、

 大抵“目”か“耳孔”が弱点。

 ……ですが、隠されていますね」


「だな。

 あの兜、ただの防具じゃねぇ。

 “急所”を殺すためだけに造った檻だ」


ほんの短い間。


そして、どちらからともなく。


「けど、やるしかねぇーな」

「はい。やるしか、ありません」


再び、戦端が開かれた。


ビズギットは咆哮とともに、

全身から紫電を吹き上げた。


上空に雷雲が湧き、轟く雷鳴が空を裂く。


「食らいやがれッ!!」


荒れ狂う雷撃が、

矢継ぎ早にグレイデスを打ち据える。


天が怒りをぶつけているかのような、

連続の落雷。


同時に、ニルが地を這うように滑り出る。


崩れた足場をさらに操作し、

瓦礫を巻き込みながら旋風を起こした。


それは、ただの風ではない。


鋭く制御された、“捕縛の渦”だった。


「情報はありませんが……」


旋風の内部で、

ニルは見えない震動術式を無数に展開する。


微細な振動が渦の中で拡散しつつ、

一点へ収束するよう構築されていた。


狙いは、黒き外皮。


外からではなく、内側から破壊する。


「……解析不能なら、

 内部から崩すまでです……!」


だが――その刹那。


グレイデスの戦鎚が唸りを上げた。


大地が割れ、空気が震え、

周囲の林が爆風のように吹き飛ぶ。


ズゴォンッ!!


圧倒的な衝撃が、大地ごと薙ぎ払った。


あらゆる魔力も、物理攻撃も――


まるで分厚い鉛の壁に叩きつけられたかのように、

吸収され、弾き返される。


ニルの震動術式は、黒き外皮に触れた瞬間。


虚しく、霧散した。


斬撃も、雷撃も、捕縛の風も。


すべてが、掻き消される。


解析不能。

破壊不能。

干渉不能。


――それは、

“無効”という概念そのものが、

甲冑ではなく肉体になったかのような怪物。


まるで、

“魔法が通じない”という事実そのものに、

弾き返されたようだった。


「っ……!」


ニルは咄嗟にバリアを展開しようとする。


だが、間に合わない。


ズガンッ!!


衝撃が、容赦なく襲いかかる。


ニルの身体が吹き飛び、

岩壁に叩きつけられた。


瓦礫が崩れ、

乾いた血が石に染み込んでいく。


「ぐ、あっ……!!」


続けざまの衝撃が、

ビズギットの胸を打ち据える。


肺が潰れたような痛み。

呼吸が詰まり、口から鮮血が噴き出した。


「……うっ……が、ッ……!」


「……なんて……耐久……!!」


言葉も、

思考も、

空気ごと押し潰されていく。


まるで“神”に殴られたかのような、

圧倒的質量と呪力の暴力。


ニルの呼吸は乱れ、視界が霞む。

ビズギットも膝をつき、

歯を食いしばったまま魔力を制御しきれずにいた。


徐々に二人は追い詰められていた。

――そしてそれは、二人にとって、初めてのことだった。


ビズギットは、再び雷を放とうと魔力を練る。

だが、足元がふらついた。

呼吸が荒い。視界がにじむ。

口内に、金属のような血の味が広がっていた。


ニルもまた、鋭い視線を保ったまま、

かすかに肩を揺らしていた。

一歩、踏み出そうとして――その足が、わずかに沈む。


「……ここは退きましょう」


「チッ……クソ……!」


互いに一瞬だけ目を合わせた。

パイを巡る死闘で消耗した肉体とスタミナ。

そのツケが、今になって確実に牙を剥いていた。


呼吸の乱れ。

視界の霞み。

満身創痍のまま強行突破した代償が、

彼女たちの足を鈍らせていた。


二人が背を向けた瞬間――空気がひりついた。

戦鎚がわずかに浮き、兵士たちが息を呑む。

だが、グレイデスは、それ以上動かなかった。


その赤い目が──再びバッドレイに向けられる。

彼の存在が、奇妙な異物感を放っていた。


「いや〜王都のバトルってレベル高ぇなあ♪

 ……え、俺?

 ああ、無理無理、まだ飯食ってないし~♪

 腹減ってたら、力出せねぇんだわ!」


バッドレイはヘラヘラと手を振った。

だが、空気が一瞬だけ、粘ついたように重くなる。

鼻の奥に鉄の匂いが濃く広がり、

耳の奥で鼓膜がきしんだ。


見下ろす巨影――身の丈五メートルのグレイデス。

その目の奥で、かすかな揺らぎが走る。


「……けどさ」


頬をかきながら、

ぐいっと首を反らせ、

巨体を見上げる。


そして、曇りのない目で呟く。


「こっち来たら、やっちゃうかも……」


その笑みが、一瞬だけ凍った。


近くの兵士が小さく

「……今、背筋が寒くなった」

「俺も鳥肌立った」と呟く。

別の兵士は喉を鳴らし、手の汗を拭った。


その声に振り返る二人──

ビズギットがわずかに眉をひそめ、

ニルは無言でバッドレイを一瞥した。


グレイデスは動かない。


やがて静かに視線を戻した。

目の前の二人が退いた今、

彼は再び王都へ向かって進軍を開始した。


◇◆◇◇


寺院から離れた場所。


ひと気のない林の外れで、

ニルとビズギットは肩で息をしながら歩いていた。


そこへ、軽い蹄の音が近づいてくる。


「おーす、おつかれー♪」


興味津々の笑顔を浮かべながら、

バッドレイが馬からひらりと降りた。


「いやぁ、すげー戦いだったな!

 ……で、あんたら、なに者?」


二人は血だらけの顔で、

同じ方向から睨み返す。


「……あなた、さっき……見てただけですよね……」


「……ほんっと腹立つ奴だな……」


バッドレイはにやりと笑い、

さらっと言った。


「じゃ、次は一緒にやるか?」


「そうですね……考えておきます」


「おい、即答で断れ!」

ビズギットが即座に毒づく。


バッドレイは肩をすくめた。


「ま、やるなら派手にいこうぜ?」


バッドレイが軽く笑う。


その一言に、二人は同時にため息をついた。


それでも――


三人は、奇妙な距離感を保ったまま、歩き出した。


世界の命運を賭けた、

新たな因縁の始まりに、

まだ誰も気づいていない。


──これは、衝突と反発を繰り返しながらも、

やがて世界の終わりに挑むことになる――


仲悪チートトリオの序章である。


【了】

はじめまして。

お読みいただきありがとうございます。


※本作は、長編『エナジャイズ』の一部を切り出しました。

バトルに全振りですが、面白いと思って頂けましたら、

ぜひ、下記本編の方も覗いてみてやってください^^

<https://ncode.syosetu.com/n4103kw/>

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― 新着の感想 ―
 大迫力のバトルシーンが面白かったので、さっそく本編も少し拝見して参りました。  アップルパイ一切れの為に地形が変わるのは怖いですね。
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