究極のアップルパイを一口盗み食いされたので、世界滅亡を企む巨神を巻き込んで大喧嘩してみた件。
「あああああああああああ!!
わたしの、わたしの最高傑作がぁぁ!!」
少女ニル(15)の絶叫が、
古寺院の森を震わせ、
空飛ぶ鳥たちを叩き落とした。
その頃――
王都レオグランでは。
人類最後の希望たる騎士団が、
世界を滅ぼす“巨神”グレイデスの進軍を前に、
すでに敗北を覚悟していた。
魔法も、物理も、通じない。
止める術のない無敵仕様。
かつて英雄と呼ばれた男が、
今は“倒せない災厄”として歩いてくる。
――それだけで、十分すぎる絶望だった。
だが、今のニルにとって、
世界の終わりなどどうでもいい。
目の前には、
百回以上の試作を経てようやく完成した
『魔果林のアップルパイ』。
その、一番美味しいはずの「端っこ」を、
見知らぬ不良少女が無遠慮にモグモグと咀嚼していた。
「……ンま!! なにこれ、最高!!」
悪びれもせず親指を立てる不法侵入者、
ビズギット(17)。
その瞬間、
ニルの脳内で「何か」が完膚なきまでにブチ切れた。
王都に死の足音が迫る裏側で。
――地形を変えるほどの大喧嘩が、
今、幕を開ける。
◆◇◇◇――
少し前――
王都から少し離れた古寺院の跡地。
崩れた祭壇の隅で、
何も知らないひとりの少女が黙々とパイを焼いていた。
ニル。
金髪ツインテール。まだ幼さの残る顔立ち。
彼女は、石窯の前でじっと焼き色を見つめていた。
指先が、わずかに震える。
(今日こそ……“一番”に仕上げる……)
材料は、“魔果林のリンゴ”。
満月の夜にしか採れない、甘酸っぱく魔力循環を整える希少果実。
ニルは、そのリンゴで百回以上パイを試作している。
けれど、一度も満足したことがなかった。
「……温度……よし」
パイの生地が薄い金色に色づき、ふっくらと膨らんでいく。
香りは、焼きたてのバターとリンゴの甘酸っぱさが絶妙に混ざり合っていた。
そのとき――遠くから、わずかに怒号が聞こえた。
「巨神グレイデスが王都へ向かっている……!」
「急げ! ここで食い止めるぞ!」
世界の終末を告げる声が、すぐ横を通り過ぎていく。
だが、ニルは石窯から目を離さなかった。
「……もう少し」
やがて、パイが焼き上がる。
彼女は慎重にそれを取り出し、そっと息をついた。
「……ようやく、完成に近い……」
ほんの少しだけ、口元が緩む。
それは、彼女にとって“世界で一番大切な味”。
祈りにも似た、たったひとつの到達点。
――その一切れのパイが、
後に寺院一帯の地形を変える“死闘”を生むなど、
このときのニルは知る由もなかった。
「ハーブティーも淹れないと……」
ニルが立ち上がり、祭壇の裏手へと歩いていく。
その、ほんの一瞬。
カツン、と足音。
林の影から現れたのは、一人旅風の少女だった。
漆黒の髪を後ろで束ね、切れ長の瞳は鋭く光る。
ピアスがいくつも耳で揺れ、全身から“獰猛”という言葉が漏れ出ている。
ビズギット。
「お、なんかうまそうな匂いすんじゃん」
人の視線がないことを確認するより早く――
ビズギットは、焼きたてのパイに手を伸ばした。
迷いも逡巡もなく、
一切れをつまみ上げ、
そのまま口に放り込む。
「……ンま!! なにこれ、最高!!」
その一言が。
世界を壊すほどの大喧嘩の始まりだった。
――◇――
◆――数刻後◆
焼け焦げた古寺院。
炎と雷が空気を裂き、瓦礫に血が染み込んでいた。
地面には深いクレーターがいくつも刻まれ、
岩盤はヒビ割れ、赤黒い液体が染み出している。
遠くの山脈の一部ですら、抉られたように崩れ落ちていた。
古寺院前の広場。
血と灰にまみれた瓦礫の上で、
二人の少女が向かい合っていた。
ニル。
唇の端から、一筋の血が伝う。
逆手に構えた短剣が、指先でかすかに震えていた。
その蒼い瞳の奥には、冷徹な知性と戦略眼が光っていた。
これまで彼女は、誰に対しても"勝つ未来"しか見えなかった。
だが――今回ばかりは違う。
未来が読めない。
対するは、漆黒の髪を乱暴に束ねた少女。
ビズギット。
腹に斜めの裂傷。
服は血で赤く染まり、黒衣のあちこちが裂けていた。
そして彼女もまた、初めて通じない相手に、苛立ちを募らせていた。
その原因は、わずか一口の“過ち”だった。
ニルが朝から焼いた、自家製アップルパイ。
幻のリンゴ《魔果林のリンゴ》を贅沢に使った、百回以上の試行錯誤の末の一枚。
そこへ、偶然通りかかったビズギットが一切れをかじってしまった。
「ンまいじゃねーか、これ!」
……その一言が、すべての始まりだった。
それからわずか数分で、周辺の地形は崩壊した。
“二人のチート”による、常識外れの魔力衝突。
互いに初対面。
互いに「簡単に勝てる」と思っていた。
だが今、二人は生まれて初めて、
自分の力が"通じない"相手に出会ってしまったのだ。
一切れのパイ――いまはもはやどうでもよいことだった。
二人の瞳に映るのは、ただ一つ。
【――殺らなきゃ、殺られる】
「なんだコイツ……魔力で押しても……通じねぇッ!」
ビズギットは舌打ちを噛み殺す。
炎を放つが、紙一重で避けられ、壁が焦げるだけ。
『腐食の業火』――伝説級の魔物ですら骨ごと溶かす魔炎が。
続けざまの雷撃も、寸前で回避されて地を焼くだけ。
『天雷』――空を裂き、山を砕く雷光が。
(なんで……効かない……!?)
生まれて初めての"疑問"が、胸にこだまする。
焦りを誤魔化すように、怒気を全身にまとった。
ニルの内心もまた、波立っていた。
「はじめてですよ。あなたのような相手……」
声は冷たい。
だがその奥には、理不尽に踏み躙られた大切なものへの怒りがあった。
「では、これでどうです!」
直後、地鳴り。
寺院の一角に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、ビズギットに向けて崩落する。
『地形崩壊術式』。
解析視で構造を瞬時に見抜き、最適な崩壊地点を突いた精密魔術。
「チィッ!!」
間一髪、ビズギットは雷撃をまとい浮遊する。
空気を震わせ、周囲を灼く雷がその身を包む。
その一瞬。
ニルが踏み込む。
『神速斬撃』――空間すら歪む、閃光の踏み込み。
……二メートル。一メートル。
詠唱の隙は、与えない――はずだった。
だが――
「甘ぇよッ!!」
咆哮と同時に、ビズギットが雷を纏って滑り込む。
電撃が地を這い、彼女の身体が弾丸のように前へ突き出る。
ニルは止まれない。
空間の歪みが残る中、膝が突き刺さるように目前に迫る。
バリアの展開――が、僅かに遅れた。
……
グゴッ!!
雷光を纏った膝が、ニルの顔面を捉える。
――確信の手ごたえ。
鼻から鮮血が噴き出した。
衝撃と共に、ニルの小さな身体が地を滑っていく。
ビズギットが勝ち誇るように微笑む。
「終わったな!」
その目に宿るのは、“これで決めた”という光。
だが。
ニルは、崩れた石の上で膝をつき、ゆっくりと顔を上げた。
片手で鼻の血を拭いながら、もう片方の手が、静かに短剣を握り直していた。
「……見事な一撃……ですが……」
ニルの声は落ち着いていた。
だがその蒼い瞳の奥には、怒りの波紋がゆっくりと広がっていた。
「もう……私も……アップルパイも……ぐちゃぐちゃですよ!」
ニルの脳内では、すでに反撃パターンが再構築されていた。
呼吸、距離、次の動作。最短ルートを、正確に。
「今度は……私の番です」
ニルは手を開き、軽く指を弾く。
**パチン――**と乾いた音。
ビズギットの背後で、空気がほんのわずかに波打った。
蹴りを喰らう瞬間、ニルは一本の極細の魔糸を、彼女の背中に仕込んでいたのだ。
それがいま、**背を押す“見えない一手”**として作動する。
「うわッ――!?」
一瞬、体勢が崩れた。
その隙に、目の前から短剣が閃く。
ズリッ――!
脇腹を穿つ刃。
そしてそのまま、刀身から魔術が解き放たれる。
『内臓振動』――体内から破壊する、非人道的な震動魔法。
「ぐ、ッ……はッ!!」
ビズギットが呻く。
口から血の泡が漏れ、膝が一瞬ガクッと落ちる。
だが。
「――ッらぁ!!」
叫びとともに、拳を固めて反撃する。
崩れる体勢のまま、右拳に魔力を収束させた。
……
ズゴンッ!!
『超重力打撃』。
拳がニルの頬骨にめり込む。
骨が軋み、口の端から赤い雫が飛ぶ。
ニルの身体が横に弾かれ、地を滑る。
だが、倒れず。すぐに足を踏みしめ、膝をついて構え直す。
――二人の血が、瓦礫に滴った。
「負けねぇぞッ!!」
ビズギットの声が、古寺院の壁に反響する。
その拳に、再び雷が集い始めた。
「……私も……ここでは負けられません……」
ニルもまた、構えを低くする。
顔には血、腕には痣。
だが蒼い瞳は濁らない。
ビズギットが詠唱に入る――『終焉の雷』。
一詠みで山を吹き飛ばす、最終破壊術式。
「これで終わらせる!」
空気が軋み始める。
地に走る雷光。放てば、すべてが終わる。
だが――
「させません」
『神速斬撃』――ニルが喉元へ突進。
肩からの鋭い体当たりが、詠唱の言葉を吹き飛ばした。
……
ドゴォン!
瓦礫が弾け、壁が砕ける。
二人の身体がもつれ合い、地に倒れる。
魔術師ではない。今、彼女たちはただの獣だった。
肘、拳、膝、頭突き。
骨と骨がぶつかる音。拳が腹に、頭が顎に、容赦なく打ち込まれる。
「ハアッ! ハアッ!!……やっと身体があったまって来たな!」
ビズギットの唇に、血まみれの笑みが浮かぶ。
その瞳には、怒りと愉悦が入り混じっていた。
「……はあ、はあ……まだ……まだ……これからです」
ニルの瞳は、冷静に、次の攻撃パターンを読み切ろうとしていた。
しかし、そこにもわずかに“熱”が灯り始めていた。
意地と意志の応酬。
怒りに似て、だがそれ以上に鮮烈なもの。
──興奮。
──“対等”という奇跡。
この戦いに、彼女たちは、奇妙な高揚すら覚えていた。
──だが、そのとき。
空気が変わった。
異様な重圧が、ゆっくりと、しかし確実に迫って来る。
──それは、明確な“死”の感触。
「……来ているぞ……っ!!」
寺院の脇に逃げ込んできた王都の英雄や近衛たちが、絶叫する。
ニルは短剣を止め、ビズギットも振り返る。
崖の霧がざわめき、その向こうに巨大な“何か”の影。
「グ、グレイデス……!!」
どこかで、兵士の悲鳴が響く。
空気が、凍る。
ただ近づいてくるだけで、命が削れていくような圧。
ニルは短剣を納め、ビズギットは赤い唾を吐き捨てた。
「チッ……じゃまが入ったなッ!! 次、絶対潰す!!」
「……ええ……その時まで……覚えておきます……」
ボロボロの二人は、魔力を再構築し、視線を交差させた。
その瞬間。
寺院の崩れかけた壁が、二人の背後で大音響とともに崩れ落ちた。
だが彼女たちは、振り返らない。
舞い上がる土埃の中――迫る巨影を見据えていた。
*
崩れた古寺院の裏手。
名だたる勇者や兵士たちが、
瓦礫を踏み越え、
我先にと逃げ惑っていた。
「退けっ! 全員、退けぇ!!」
王都軍・騎士団長エルダンが怒鳴る。
だが背後から迫る“それ”の気配に、
誰も振り向く余裕はない。
空気が震える。
まるで大地そのものが、
呼吸を止めているかのような、
圧倒的な圧。
ドスン。
……ドスン。
林の中から、
巨躯の影がゆっくりと姿を現した。
――グレイデス。
その漆黒の姿を目にした者は皆、
“人ではない何か”を直感する。
身の丈は五メートルを優に超え、
ただ立っているだけで、
周囲の建物を威圧する存在感。
右手に握られた武器は、斧でも剣でもない。
巨大な・《戦鎚》。
人間が扱うにはあまりに過剰な鉄塊を、
彼は片手で、あまりにも自然に持ち上げていた。
それは、敵兵だけでなく、
砦ごと戦線を潰す、“質量による判決”。
黒鋼の甲冑は不規則に歪み、
装飾というより、
呪いそのものが具現化したかのように尖っている。
むき出しの胸部には、古の紋章が刻まれ、
黒ずんだ血管が浮き上がっていた。
黒き兜は、
頭頂からねじれた角のような突起を伸ばし、
鼻と口を除くすべてを覆い隠していた。
その異形は――
彼の“正気”を閉じ込める檻のようでもあった。
前面のバイザーに刻まれたわずかなスリットから、
赤い光がじわりと漏れている。
鉄のような足音が、静寂を砕く。
一歩、踏み出すたびに大地は呻き、
空気はざらついた。
まるで、
その歩みそのものが“死の宣告”であるかのように。
「グ……グレイデス……!!」
英雄の一人が、顔を引きつらせたまま呻く。
だが、グレイデスの赤い瞳には、激情も冷笑もない。
ただ、静かで、止まらぬ冷徹な意志だけが宿っていた。
兵の一部は、恐怖に震えながらも振り返り、剣を構える。
しかし、既に先の戦闘で数十名が倒れていた。
グレイデスの周囲には、黒い波紋のような“何か”が漂い、
近づくだけで、皮膚がざわりと軋む感覚がした。
「……無理だ……!」
誰かの声が零れ、絶望が伝播する。
エルダンは部下たちの顔を見渡した。
そこへ――。
……
ズズン、と空気を裂くように、
寺院跡の正面から二つの影が飛び込んできた。
エルダンたちは身構えた。
まさか――敵の三大将軍。
しかし、そこへ現れたのは……。
既に満身創痍──血と泥にまみれた少女二人だった。
ニルとビズギット。
「止まれ……ッ!? 子供……?
──いや、なんだ……この圧は……」
エルダンが目を見開く。
初めて見る少女たちに、
誰一人期待していなかった。
彼らの目には、
前へ飛び出して来た、
ただ無謀な少女にしか見えなかったのだ。
「なんか、強そうだな。……殺るか」
ビズギットは腕組みをして、
血の滲んだ口角を吊り上げる。
「そうですね……私も少々、
鬱憤が溜まっていますので」
ニルが短剣を構え、
目元に微かな笑みを浮かべた。
次の瞬間――
二人の少女は、同時に地を蹴っていた。
「なっ……!」
エルダンの部下たちがざわつく。
その勢いと気迫に、一瞬だけ思考が追いつかない。
「と、とにかく! あの二人に――」
側近が血の気を失った顔で叫ぶ。
「グレイデスには、
物理も魔法も通じないことを伝えなければ――!」
しかし。
「いや。……残念だが、その必要はないだろう」
エルダンは、静かに首を振った。
――あの少女たちは、瞬殺される。
誰もが、そう思っていた。
*
ビズギットはグレイデスの前に立つと、
迷わず広範囲雷撃を放った。
天蓋を穿つような光がグレイデスの巨体を包み、轟音が響き渡る。
その瞬間――
ニルが高速のステップで懐へ滑り込み、
短剣の刃先で戦鎚をもつ手元を狙う。
グレイデスのその足が、
後方へ、
わずかにだが、軸をずらすように揺れた。
――初めて、彼の動きが“防御”になった。
そのほんの一瞬。
だが、あの巨神の体勢をわずかでも崩したという事実に、
エルダンたちは目を見張った。
「……この二人、まるで噛み合っていない。
だが、不思議だ……戦場のリズムが、
彼女らを中心に変わっていく……」
エルダンは心の奥で、
不意に何かが灯るのを感じた。
それは、
希望と呼ぶにはあまりにも微かな感情だったが、
確かにそこにあった。
だがその目が、すぐ冷えた光を取り戻す。
グレイデスは、腕を振るい大槌で雷撃を吹き払い、
そのままニルの動きに正確に追随して、
大槌を二人に向けて横薙ぎに振り払った。
鋭い風が地面を削り、岩を裂いた。
ビズギットは後方へ転がりながら衝撃の余波をかわし、
着地と同時に次なる魔力の構築に入る。
「てめぇ、もうちょい派手にやれよっ!」
ニルに言い放ちながら雷撃を増幅させる。
「無計画に派手に撃てば、
こちらが不利になります」
ニルはわずかに眉をひそめながら、
空中で二回転し、
上空で体勢を立て直した。
「チッ……細けぇなっ!」
「……慎重は悪いことではありません」
エルダンたちが息を呑む。
「攻撃を受けて……躱した?」
「なんだ……あの二人、ただ者じゃない……!」
「もしや……! この二人なら……」
絶望という色しかなかった瞳に、
かすかな光が戻り始めていた。
消えかけていた希望が、
わずかに芽吹こうとしていた――そのとき。
……
遠く、丘の上から。
軽快な馬の蹄の音。
「おーっ、やってる、やってる♪」
銀髪の少年が、ひょっこりと姿を現した。
馬の背に揺られながら、
緩い笑みを浮かべ、
手をひらひらと振っている。
バッドレイ(16)。
その瞬間。
グレイデスの赤い瞳が、ゆっくりと動いた。
異物を捕捉する。
まるで精密な機構の中に、
異質な砂粒が一粒だけ混ざり込んだかのように。
魔力でも、膂力でもない。
数値化できない“何か”を、この少年から感じ取ったのだ。
沈黙――。
互いを測り合う、ぬるい緊張が空気に滲む。
だが、バッドレイは、
相変わらずのんびりと笑いながら言った。
「え、俺? 見物人、見物人。
戦う気なんてないんで~♪
やってやって」
場が、一瞬だけ凍りつく。
グレイデスは動かない。
やがて、静かに視線を元へ戻した。
優先すべきは、目の前の敵。
その時――ニルとビズギットが、
前を睨んだまま、同時に呟いた。
「……こういう巨体の敵は、
大抵“目”か“耳孔”が弱点。
……ですが、隠されていますね」
「だな。
あの兜、ただの防具じゃねぇ。
“急所”を殺すためだけに造った檻だ」
ほんの短い間。
そして、どちらからともなく。
「けど、やるしかねぇーな」
「はい。やるしか、ありません」
再び、戦端が開かれた。
ビズギットは咆哮とともに、
全身から紫電を吹き上げた。
上空に雷雲が湧き、轟く雷鳴が空を裂く。
「食らいやがれッ!!」
荒れ狂う雷撃が、
矢継ぎ早にグレイデスを打ち据える。
天が怒りをぶつけているかのような、
連続の落雷。
同時に、ニルが地を這うように滑り出る。
崩れた足場をさらに操作し、
瓦礫を巻き込みながら旋風を起こした。
それは、ただの風ではない。
鋭く制御された、“捕縛の渦”だった。
「情報はありませんが……」
旋風の内部で、
ニルは見えない震動術式を無数に展開する。
微細な振動が渦の中で拡散しつつ、
一点へ収束するよう構築されていた。
狙いは、黒き外皮。
外からではなく、内側から破壊する。
「……解析不能なら、
内部から崩すまでです……!」
だが――その刹那。
グレイデスの戦鎚が唸りを上げた。
大地が割れ、空気が震え、
周囲の林が爆風のように吹き飛ぶ。
ズゴォンッ!!
圧倒的な衝撃が、大地ごと薙ぎ払った。
あらゆる魔力も、物理攻撃も――
まるで分厚い鉛の壁に叩きつけられたかのように、
吸収され、弾き返される。
ニルの震動術式は、黒き外皮に触れた瞬間。
虚しく、霧散した。
斬撃も、雷撃も、捕縛の風も。
すべてが、掻き消される。
解析不能。
破壊不能。
干渉不能。
――それは、
“無効”という概念そのものが、
甲冑ではなく肉体になったかのような怪物。
まるで、
“魔法が通じない”という事実そのものに、
弾き返されたようだった。
「っ……!」
ニルは咄嗟にバリアを展開しようとする。
だが、間に合わない。
ズガンッ!!
衝撃が、容赦なく襲いかかる。
ニルの身体が吹き飛び、
岩壁に叩きつけられた。
瓦礫が崩れ、
乾いた血が石に染み込んでいく。
「ぐ、あっ……!!」
続けざまの衝撃が、
ビズギットの胸を打ち据える。
肺が潰れたような痛み。
呼吸が詰まり、口から鮮血が噴き出した。
「……うっ……が、ッ……!」
「……なんて……耐久……!!」
言葉も、
思考も、
空気ごと押し潰されていく。
まるで“神”に殴られたかのような、
圧倒的質量と呪力の暴力。
ニルの呼吸は乱れ、視界が霞む。
ビズギットも膝をつき、
歯を食いしばったまま魔力を制御しきれずにいた。
徐々に二人は追い詰められていた。
――そしてそれは、二人にとって、初めてのことだった。
ビズギットは、再び雷を放とうと魔力を練る。
だが、足元がふらついた。
呼吸が荒い。視界がにじむ。
口内に、金属のような血の味が広がっていた。
ニルもまた、鋭い視線を保ったまま、
かすかに肩を揺らしていた。
一歩、踏み出そうとして――その足が、わずかに沈む。
「……ここは退きましょう」
「チッ……クソ……!」
互いに一瞬だけ目を合わせた。
パイを巡る死闘で消耗した肉体とスタミナ。
そのツケが、今になって確実に牙を剥いていた。
呼吸の乱れ。
視界の霞み。
満身創痍のまま強行突破した代償が、
彼女たちの足を鈍らせていた。
二人が背を向けた瞬間――空気がひりついた。
戦鎚がわずかに浮き、兵士たちが息を呑む。
だが、グレイデスは、それ以上動かなかった。
その赤い目が──再びバッドレイに向けられる。
彼の存在が、奇妙な異物感を放っていた。
「いや〜王都のバトルってレベル高ぇなあ♪
……え、俺?
ああ、無理無理、まだ飯食ってないし~♪
腹減ってたら、力出せねぇんだわ!」
バッドレイはヘラヘラと手を振った。
だが、空気が一瞬だけ、粘ついたように重くなる。
鼻の奥に鉄の匂いが濃く広がり、
耳の奥で鼓膜がきしんだ。
見下ろす巨影――身の丈五メートルのグレイデス。
その目の奥で、かすかな揺らぎが走る。
「……けどさ」
頬をかきながら、
ぐいっと首を反らせ、
巨体を見上げる。
そして、曇りのない目で呟く。
「こっち来たら、やっちゃうかも……」
その笑みが、一瞬だけ凍った。
近くの兵士が小さく
「……今、背筋が寒くなった」
「俺も鳥肌立った」と呟く。
別の兵士は喉を鳴らし、手の汗を拭った。
その声に振り返る二人──
ビズギットがわずかに眉をひそめ、
ニルは無言でバッドレイを一瞥した。
グレイデスは動かない。
やがて静かに視線を戻した。
目の前の二人が退いた今、
彼は再び王都へ向かって進軍を開始した。
◇◆◇◇
寺院から離れた場所。
ひと気のない林の外れで、
ニルとビズギットは肩で息をしながら歩いていた。
そこへ、軽い蹄の音が近づいてくる。
「おーす、おつかれー♪」
興味津々の笑顔を浮かべながら、
バッドレイが馬からひらりと降りた。
「いやぁ、すげー戦いだったな!
……で、あんたら、なに者?」
二人は血だらけの顔で、
同じ方向から睨み返す。
「……あなた、さっき……見てただけですよね……」
「……ほんっと腹立つ奴だな……」
バッドレイはにやりと笑い、
さらっと言った。
「じゃ、次は一緒にやるか?」
「そうですね……考えておきます」
「おい、即答で断れ!」
ビズギットが即座に毒づく。
バッドレイは肩をすくめた。
「ま、やるなら派手にいこうぜ?」
バッドレイが軽く笑う。
その一言に、二人は同時にため息をついた。
それでも――
三人は、奇妙な距離感を保ったまま、歩き出した。
世界の命運を賭けた、
新たな因縁の始まりに、
まだ誰も気づいていない。
──これは、衝突と反発を繰り返しながらも、
やがて世界の終わりに挑むことになる――
仲悪チートトリオの序章である。
【了】
はじめまして。
お読みいただきありがとうございます。
※本作は、長編『エナジャイズ』の一部を切り出しました。
バトルに全振りですが、面白いと思って頂けましたら、
ぜひ、下記本編の方も覗いてみてやってください^^
<https://ncode.syosetu.com/n4103kw/>




