プロローグ
護国の英雄と謳われた将軍の父が、死んだ。
足が潰れ、置き去りにされた敵兵を助けようとして、その敵兵ごと殺されたのだという。
背後から切り付けられ、殴られ、刺され、見るも無残な姿となったらしい父は、終ぞ家族である私たちの元に帰ってくることはなかった。
その訃報を受け、国民たちは悲しむでもなく、敵国に怒りを向けるでもなく、父を罵倒した。戦場で、なぜ敵国の兵など救おうとしたのだ、見捨てればよかったのだ、と。
生きてさえいれば、自国の民を数百、いや、数千は救えたかもしれない。そんな期待を裏切られたと感じた国民たちの怒りは、父が当主を務めていたウッドラフ伯爵家へ向くこととなる。
父の没後、ウッドラフ伯爵家は坂を転がり落ちるように、衰退していった。生前に立てた武功のおかげで何とか爵位は保てているが、国から支払われた弔慰金や遺族扶助金を使って、傾いた領地を護るのが精いっぱいだ。
日に日に家財具が減っていくさまを、私はただ見ていることしかできず、自身のスカートを握りしめる日々。
そして、とうとう姉が令嬢の命とも言える長い髪を切り売った時、私はずっと堪えていた大粒の涙を流し、大声で泣いた。
「姉さま、ねえさまぁ……! どうして、どうして姉さまが髪を切らないといけないの……!」
「泣き止んで、アルメリア。わたくしの髪色は珍しいから、理容師が高く買い取ってくれたのよ。これで美味しいものを食べましょう。さあ、涙を拭いて、アルメリア。貴女の綺麗なお目目が溶けてしまうわ」
「わだ、私が、父さまの代わりに、騎士になる! 神様の御もとへ旅立ってしまった父さまと、母さまの代わりに、私が、ベロニカ姉さまを護るからぁ……!」
ぐす、ぐす、と泣きながら縋り付く私を抱き締め、姉は辛そうに顔を歪めて口を開く。
「……、……アルメリア。この国で女の子はね、騎士には……なれないのよ」
「な、で……だって、父さまは……! 私は、将来立派な騎士になれるって! ベロニカ姉さまと領民を護る、立派な、騎士に、なれるって……!」
今より、もっとずっと幼かった時。
父に憧れていた私は、口を開けば騎士になりたいと言う幼子だった。長子かつ優秀な姉が居るため、私がウッドラフ伯爵家を継ぐことはない。政略とも無縁の家であったため、どこかの令息と無理に縁を結ぶ必要もない。
私を産んで、儚くなってしまった母さま。そんな母の代わりに私をたくさん愛してくれた姉は、幼い私がそう口にするたび、困った顔をしていた。
ただそんな姉とは打って変わり、父は太陽のような笑顔を浮かべて私の頭をくしゃくしゃに撫でると、私に木剣を与え、自ら稽古をつけてくれるようになったのだ。
もちろん、貴族令嬢にとってあるまじき行動である。
来る日も来る日も服を汚し、汗だくになって、生傷をたくさん作った。その度に姉は「貴女は女の子なんだから!」と怒って、令嬢としての勉強をさせようとしたけれど、決して私から木剣を取り上げることはしなかった。
その頃から父はよく言っていた。——お前には才能がある。将来は姉と領民を護る、立派な騎士になるだろう。と。
「ごめんね、ごめんなさい、アルメリア。貴女が楽しそうに父様と訓練に励む姿を見て、女の子は騎士になれないからと止めることなど、わたくしにはできなかった……! その結果、こんなタイミングで貴女に本当のことを伝えないといけないなんて。意気地のない姉を、どうか許さないで」
(そうか、私は……私の、夢は。父さまと姉さまに、護られて、いたんだ)
父が何を思ってそう口にしていたのか、今ではもう分からない。知る術は、永遠に失われた。
父も、姉も、私の夢が叶うハズはないと知りながら、護ってくれていたのだ。私が大人になるまで本当のことを知らずに済むよう、周囲の情報を遮断して、私の憧れが、夢が、努力が、他者によって奪われることがないように。
優しい姉は、野原を駆け回る妹を見てずっと心配していたに違いない。
いつか、きっといつか私がこの国の在り方を知り、騎士になる道は閉ざされると知っていても。それでも、デビュタントで外の世界を知るまでは、私に自由を与えてくれた。
その自由が、父の死によって崩れてしまっただけのこと。
カクン、と、身体から力が抜ける。
座り込んだ私に合わせ、姉も膝をついて、ぎゅうっと強く私を抱き締めてくれた。
狭い、狭い箱庭の中で生きてきた。そこは平和で、温かくて、優しくて、怖いものなんて何もない。母が居ないのだけが寂しかったけど、不安や不満は一つもなかった。
護られていた。疑いようもなく。
その箱庭の中でだけ、私は無謀な夢を見続ける子どもで居られた。であれば、その箱庭と別れを告げなければ。
姉が自身の髪を切ったように、私も自身の夢物語を、切り捨てるだけ。
「……姉さま、お願いがあるの」
「アルメリア?」
「私に、もう一度令嬢教育を教えて? 今からでも間に合うかな。どうせ騎士になれないのなら、私はウッドラフ伯爵家にとって有益になる人のところにお嫁に行って、姉さまや領民みんなの役に立ちたい。そのためには、ちゃんとした令嬢らしい女の子に、ならなくちゃ」
「っ! アルメリア、アルメリア……! ああ、ごめんなさい、もっと早く、わたくしが勇気を出すべきだった。わたくしの意気地がないせいで、貴女をこんなにも深く、傷つけてしまった……!」
「泣かないで、姉さま。私はただ、優しい姉さまが大好きだから。ベロニカ姉さまがずっと私を護ってくれたように、これからは私も、護りたいんだ」
……ちゃんと、笑えただろうか。
ぽろぽろ、ぽろぽろと真珠のような涙を流す姉の顔は、かつて見たことがないほどクシャクシャで、姉の方が、ずっとずっと深く傷ついているように見える。
私の言葉に姉はいっそう言葉を詰まらせ、その細腕のどこにそんな力があるのかと不思議に思うぐらい力強く、私の身体を抱き締めた。その日は姉妹揃って、日が暮れるまで、泣いていた。
——それが、今から六年前。アルメリア・ウッドラフ、十二歳の頃の出来事である。
6万文字ぐらいの中編にする予定(予定は未定)の新連載です。
自分への発破を掛けるように投稿。
救国女王の改稿を優先させますので、こっちはかなりの亀足更新です。
……亀足更新はいつものことだな???




