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13日目

 ……ここが……。

 なんにもない……。


『きたか。人に会いたいのだろ。だったらここで待っていろ』


 ……だれ?

 引きずっている長い髪。

 着物? そんな感じの服装の……男の人?

 えっと……

 どこからでできたの?

 え? 家?

 

「あ……あの」

『なんだ』

「えっと。私、人に会いたくて来たんです。境目って呼ばれる場所にいくと、会えるって聞いて……」

『……ちっ。間違ってやがるがまあいい。正しくは、会いたいやつがいる場合はここにくることができる。だが、確実に会えるという保証はない。ここは、あの世とこの世の境目。生者と死者がともに存在することができる場所。それだけだ』


 ぶっきらぼうに言われてしまった。

 ……保証はない。

 それは聞いている。

 会えないかもしれない。

 それでも可能性があるならそれにかけたかった。


「わっわたし……。私は、婚約している人がいました。でもその人がほかの人を好きになったからって別れたんです。彼が……彼が幸せになることを願ったんです。その時には私は病気で、彼に迷惑をかけると思ったから。ちょうどいいって思って、私も嫌いになったとか言って……。でも、もう一度会いたくて。もう一度会って、私の気持ちを伝えたくて」

『どうでもいい。俺にそんなことを話したところで変わらん。ここに来るかどうかは本人の意思だ。お前が会いたいって思ったやつが、ここに来るかは別だ』

「もー。牡丹様。説明の仕方が雑すぎます」


 だれ?

 人が増えた?


「はじめまして」


 にっこりと笑ってるけど、なんなの?

 

「私はここで牡丹様の身の回りのお世話をさせていただいています。ここのことを説明してもよろしいでしょうか?」

「……はい……」

「ありがとうございます。ここは、あの世とこの世の境目です。生きている人と死んでいる人がともに過ごすことができる場所です。生きている人も死んでいる人も会いたいと願い、ここに来る権利はあります。けれど、会いたいと願った相手が会いに来てくれるかどうかは別問題となっています。……さきほどのお話からして、会いたいと願っているのはあなたですよね」

「……はいそうですけど」

「会いたいと希望し、希望した方の名前をご記入いただいて、鳥居をくぐられましたね。生きている人のいるこの世にも鳥居があります。同じようなシステムです」

「……はい……」

「くぐってから3日の猶予があります。その間に相手がくれば会える。来なければ会えない。となります」

「……あのー」

「はい、どうぞ?」

「……私が会いたいって彼にはどうしたらそれが伝わるんですか? しらなかったら来ないじゃないですか」

「それは、神の神業です。神のみぞ知る。ですよ」

「……そう……」

「様々な神様がいますよね。国や文化によって、考え方は様々です。司るお力だって違う。神様がつれてくればいいのにと思われるかもしれませんが、そういうことではないようです」

「……」 


 うつむいてしまった。

 わかっていた。

 簡単に願いが叶うわけではないことも。

 神様が必ずしもこちらの願いをききいれるわけではないことも。

 それでも願った。

 もう一度会いたい。


「……待ちます」


 私にできることはそれだけだから。


「はい。承知しました」


 説明してくれた彼女はとても優しい笑顔を向けてくれた。


 待っている間、部屋を使わせてくれた。

 といっても、ここは、朝とか夜とかそういうのがなくて、時々聞こえてくるゴーンって音でこの人たちは動いている。


『今の鐘の音で2日たったことになる。あと1日だ』

かみさま……がそう言った。

「え……」


 このまま、来ないかもしれない。

 ここにいる間他の人に会ってない。

 外にでてもなにもなかったし、声もなかった。

 ……なんで……。


「……会えないの……」


 おもわず声に出してしまった。

 ハッとなって、口をおさえた。


 こんなこと、この人たちの前で言っても意味がない。

 この人たちは会わせてくれるわけじゃない。

 ただ、この場所にいるだけなんだから。


『……』

 なにか言いたげに私を見ている……。

「会いたいとおもうほど、大切な人なんですね」

「……はい」

「会いたいと願うこと。ここに来ることに制限はありません。だからあなたが会いたいと願い続けて、ここに来ることを望み続ける限り、鳥居を何度くぐってもいいですよ」

 ……この人は何なんだろう。

 男の人が神様で、そのお世話ってことは、神様のおつきとか?

 神様によっては動物が一緒にいる想像もあるけど……。

 どう見ても、私と変わらない。

 ただの人。


「……あ……。頑張ってくださいね」

 少しだけ寂しそうに私に言った。


 なんなの?

 なに?

 言うだけ言っていなくなって、どこに行ったの?

 ってあれ?

 ここってこんなのだった?

 真っ白のなにもない場所になっただったけど、家もなくなった……?

 さっきまで、部屋にいたのに。

 

「なによ……」

 

 こわい。

 どうなるの?

 会えないの?

 頑張れってなに?


「……誰かいるか?」


 声!

 え?!


「……優也さん?」


 聞こえた声は優也さんの声。

 間違いない。

 名前の通り優しい声。


「その声……。もしかして、桃さん?」

 

 ……ああ……。

 そう。

 私をそう呼ぶの。


「桃子です」


 声だけ。

 ……でも十分だと思った。

 姿は見えないけど、いいって。


「どこにいるの? 声だけがする……」

 

 探してくれてるの?

 ここ……ここにいるよ……。


「も……桃さん?」


 確かに後ろから声がした。

 確実に声がどこからしたのかわかった。


「あ……え……」


 振り返ったら、懐かしい顔が。

 一番見てきた顔が。

 優也さんだ。


「会えた……。会えないと思ってたから……」

「ここは……? 桃さんは……」

「私はもういないけど、どうしても、もう一度会いたくて……。会えて嬉しい……です」

「……桃さんが、亡くなってる?ってこと?」


 ……伝えてないんだ。

 ……そうだよね。

 もう別れてるし、違う指輪が目にはいったもの。


 私が持っている指輪とは違うそれが、はめられている。


「……言いたいことがあって会いたかったの。会えたら満足しちゃった……から、もういいや」

「え? どういう」

「時間とらせてごめんなさい」

「まって……どういう……え? 分からないんだけど」


 いつの間にか神様がそばにいた。


「もう終わりました」

『……勝手にしろ。望んだものが済んだと思えば、終わる』

「……終わりました」


 背中に優也さんの声がするけれど、私は無視をし続けた。

 しばらくしたら、それも消えて、部屋のなかに戻っていた。


「よかったんですか?」

 恐る恐る私に聞いてきた。

「……いいんです。これで正しかったんです……」

 首にかけてた紐を引っ張って、指輪を出した。

「違う指輪でした。……好きになった人が出来たから、私と別れた。次の人との指輪。いいんです。分かってた。私と違って、人気があったから。私、病気だったし。……なのに」

 

 分かってる。

 理解ってた。

 納得してた。

 正しいって。


『言いたいことは言っていないな。伝えられはしないが、口にすることは許されている。言いたければ、吐き捨てるといい』

「牡丹様」

『このままではこいつは戻ったところで意味がない。また繰り返す。また、くる。で会って満足する。それを、繰り返す。意味のないことだ』

「牡丹様!」

『見ていれば分かる』


 何を言っているの。

 何がわかるの。

 何を知ってるの。

 何が、答えよ。


私は、ずっと好きだった。

ずっと愛していた。

地味で、暗くて、平凡な私。

あなたが、好きと言ってくれて、愛してくれたから。

それが嬉しくて、そんなあなたに、似合う私になりたくて、勉強した。綺麗な服を着た。化粧だってした。ほんとは嫌だった。似合ってないって。聞こえてた。わかってた。釣り合ってないって。でもあなたが、可愛いって。綺麗って。言ってくれたから。だから私は。


あなたが、他の人と遊んでも。私のところに戻ってきてるから我慢した。

私を好きと言ってくれたから。

プロポーズしてもらえて嬉しかった。

あなたが陰で、何を言っていたとしても。

結婚したら私のものだから。

浮気を容認するのだって、いい妻だとおもって欲しかったから。

嫌われたくなかったから。

ただ、あなたに愛されていたかったのに。

なのに。

なのにあなたは。


「牡丹様! これ以上はここが」

『いっそ壊してみせろ。その程度の感情で、人間の感情はおさまらない。そうだろ!』


ほかに好きな人が出来たから。

別れたい。

泣きながらいったのは、全部うそ。

都合のいい対象に私は選ばれていただけ。


病気じゃなかったら。

きっと、受け入れてない。

……といいきれないのが私。

どこまでも、都合のいい相手。

結果そうなったけど、それでも。


「お屋敷が崩れます!」

『それでいい。おまえだって気づいてただろ? こいつはなにもないと言った。ここはなにもないって。それがこいつの心だ』

「牡丹様!」

『吐き出せ! 紡ぎ出せ! おまえの感情はおまえだけのものだ! 口にしなければ、声にしなければ、届けなければ無意味だ!』


あいしてた!

あいしてる!

私を忘れないで!

覚えていて!

たとえ、一番じゃなくても、他にいたとしても、それでもいいから。

私は生きてたの!

ちゃんと! いたの!


『そうだ、おまえは生きていた。あの男を愛していた。いまだって愛している。それを、他の人間が否定することも、肯定することもない。おまえだけのものだ。だからこそ、それを否定も肯定もしていいのは、おまえだけだ』


……どういう……こと?


『おまえが、どうしたいかだ。死んでしまった今、生き返ることも、再び相愛になることは難しいが、それでも出来ることはある。その感情に向き合うこと。そのうえで、答えを出せ! もう一度会うことを望むのか。伝えた言葉を真実とするか。……時間はあるのだから』


いや……いやよ……。

そんなことしても、愛してもらえないなら。忘れられるなら。

会えないなら……。


『会える。ここにきて、望み、叶えば。……だがな。都合のいいといったが、今のおまえはそこから、動いていない。忘れられたくないのなら。愛してほしいのなら、そこではダメだ。おまえが望むものは、そこでは、得られない』


……どうして……そんなことを言うの?

関係ないでしょ?

私なんて……勝手にしろって……。


『そうだ。どうでもいいことだ。だが、ここでの出来事は、俺の管轄だ。俺の采配だ。俺が納得していなければならない。俺はひどく不快だ。この不快は俺のものだ。だから、俺は不快を消すために動いている。俺の問題だ』


……何て勝手なの……。


『神とは勝手だ。それはおまえたち人間が一番よく知っているだろ』


……そう……ね。

そうだったわ。

……ふぅ……。


「なんだか、スッキリしたわ。頭の中が晴れたみたい。……言葉にするって大事なのね」

「……牡丹様……」

『時間だ。帰れ』


 さっきとは違う冷たい声に戻った。

 でも、どこか優しい。


「……え……」

 お屋敷をでたら、景色が違った。

 つぼみの桜が目にはいった。

 

 桜の木なんてなかったはず。

 ……なんにもなかったはずなのに。


「お気をつけて、お戻りください」

 

 深く頭を下げて、私を見送ってくれた。


 ……うん。

 消えない。

 この感情は、私のもの。

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