揺らぐ不動
地属性貴族家当主、バルドゥス・グラニオンは、
まるで岩そのもののような男だった。
巨躯。無骨な鎧。
一切の装飾を排した姿。
それは質素ではなく、
”不要なものを削ぎ落とした結果”だった。
「地とは、耐えるものだ」
それが、バルドゥスの信条である。
「押されようと、砕かれようと、最後までそこに在り続ける」
「逃げず、動かず、己の場所を譲らぬ者こそが、地属性の理想だ」
その思想のもと、彼は数百年にわたり地属性貴族家を率いてきた。
魔物国最古参の一角。王族にすら意見できる、重鎮。
動かぬ大地――
それが、彼の誇りだった。
だからこそ、畑で土を耕す青年を、彼は理解できなかった。
「……あれは、落ちこぼれだ」
バルドゥスは、視察に来た第三王子にそう言った。
「地を動かし、形を変える」
「それは、地を弱くする行為だ」
「地は、動いてはならぬ」
バルドゥスにとって、地属性とは「不変」である。
一対一で立ち、殴られ、殴り返し、
最後に残った者が勝者。
戦場で倒れぬこと。
それこそが、地の価値。
だから彼は、精鋭たちを誇った。
同じ型。
同じ強さ。
同じ勝ち方。
揺らぎのない秩序。
だが──
森で行われた狩りの勝負を、
バルドゥスは最後まで黙って見ていた。
一対一で獲物を仕留める精鋭たち。
誇らしげな戦いぶり。
そして――
畑の男、グラン。
罠を作り、地を揺らし、獣の流れを変える。
殴らない。戦わない。
だが――
結果だけを見れば、圧倒的だった。
勝負が終わった後、
バルドゥスは、しばらく言葉を失っていた。
自分が信じてきたもの。
代々、守ってきた価値基準。
それが、否定されたわけではない。
だが――
別の可能性を突きつけられた。
「……地を、動かしてもよいのかもしれん」
その呟きは、誰にも聞こえなかった。
だが、バルドゥス・グラニオンという男が、
初めて“揺らいだ”瞬間だった。
彼は、第三王子を見る。
アルト・ノクティス。
戦わず、奪わず、価値基準そのものを変える者。
(……あの王子は、国を動かす)
バルドゥスは、そう直感した。
「連れて行け」
それだけを告げた声は、依然として低く、重い。
だがその奥には、
ほんのわずかな――
未来への余白があった。




