動かぬ大地、動かされる価値
地属性貴族家当主――
バルドゥス・グラニオン。
その名は、魔物国において
「動かぬ大地」そのものを意味していた。
地属性貴族家は、魔物国でも特に古い家系だった。
「不動」
「堅牢」
「一対一の強者」
それが、この家の誇りであり、価値基準だ。
アルト・ノクティスは、視察という名目で、その訓練場を訪れていた。
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地属性貴族の誇りは、単純明快だった。
「地は、動かぬもの」
「動くのは、己の拳だ」
バルドゥス・グラニオンの言葉に合わせるように、
訓練場には岩のような戦士たちが並んでいる。
一対一。真正面からの力比べ。
アルトは、それを一通り眺めてから、静かに言った。
「……地属性なのに、地を使っていない」
バルドゥスは、聞こえなかったふりをした。
「他には、いないのですか?」
アルトの問いに、バルドゥスは渋い顔をする。
「……一人、畑にいる。落ちこぼれだ」
城壁の外れ。
小さな畑で、鍬を振るう大柄な青年がいた。
無防備な姿勢。のんびりした動き。
「おい」
アルトが声をかけると、青年は振り返る。
「……オデ?」
一人称からして、いかにも田舎者だ。
「名は?」
「グラン」
「地属性か」
「そうだ」
「戦うのは?」
グランは首を振る。
「……苦手だ」
バルドゥスが吐き捨てる。
「一対一では、精鋭にも獣にも勝てん」
アルトは、しばらくグランを観察してから言った。
「勝負をしよう。狩りだ」
バルドゥスが怪訝な顔をする。
「狩り?」
「同じ森で、一刻。
獲った獣の数で決める」
「馬鹿馬鹿しい」
「我らは戦士だぞ」
「だからこそだ」
アルトは即答した。
「国は、戦士だけでは守れない」
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【作戦会議】
森へ向かう途中、アルトはグランを呼び止めた。
「グラン、地をどこまで動かせる?」
「……広く、浅くならどこまででも」
「壊すのは?」
「苦手だ」
「なら、壊す必要はない」
アルトは地面に簡単な図を描く。
「ここに谷がある。獣は、逃げるとき高い方から低い方へ流れる。」
だから――」
指で線を引く。
「逃げ道を、一本に絞る」
グランは、じっと図を見る。
「……揺らすのは?」
「局所的でいい。疑似地震だ。
怖がらせて、考えずに走らせる。
グラン、できるか?」
少し考え、グランは頷いた。
「……できる」
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【狩りの始まり】
精鋭たちは、森に散った。
一体ずつ獲物を追う。力で制圧する。
それが、彼らのやり方だ。
一方、グランは、アルトが指示した地点に立ち、地面に手をつく。
「……今か?」
「もう少し待て」
獣の群れが、森の中央に集まった瞬間――
「今だ」
――ドン。
地面が、ごく狭い範囲で揺れた。
獣たちは驚き、アルトの描いた線どおりに走る。
高低差、地面の柔らかさ、逃げやすい方向。
すべてが、誘導だった。
「次、罠だ」
「……了解」
グランが魔力を流す。
地面が崩れ、獣たちは一斉に落ちる。
深くない。だが、逃げられない。
精鋭が一体倒す間に、罠には十数体の獣が捕らえられていた。
「……何をした」
バルドゥス・グラニオンは、言葉を失っていた。
アルトは静かに言った。
「彼は、地を武器にしていない。
地を、盤面として使っている」
アルトは、グランを見る。
「力は十分だ。使い方を知らなかっただけだ。
彼を、もらう」
バルドゥスは、苦々しく顔を歪めた。
「……勝手にしろ」
アルトは、グランに言った。
「グラン、来るか」
グランは、少し考えた。
「……オデ。考えるの、苦手だ」
アルトは即答する。
「考えるのは、俺がやる。グランは、地を動かせ」
グランは、ゆっくり笑った。
「……それなら、行く」




