光は、闇の中でこそ意味を持つ
その少女の噂は、魔王城の正式な記録には残っていなかった。
「光を宿した魔族の子がいる」
「触れれば災いを呼ぶ」
「既に処分されたはずだ」
どれも曖昧で、どれも都合がいい。
(……都合よく消された、か)
アルト・ノクティスは、地図の端にある印を見つめていた。
魔物国南部。交易路から外れた、半ば捨てられた集落。
人材が流れ着く場所だ。
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その集落は、静かだった。
活気ではなく、諦めが漂っている。
アルトは、護衛も連れず、ただの王族服で歩いた。
――そして、見つけた。
崩れかけた倉庫の影。木箱に腰掛け、本を読んでいる少女。
年は、十歳ほど。
魔族にしては淡い髪色。角は小さく、目立たない。
だが――
(……隠しきれてないな)
彼女の周囲だけ、空気が“澄んで”いた。
「それ、面白いか?」
声をかけると、少女は驚いた様子で顔を上げた。
「……本、好きですか?」
質問で返してくる。
(警戒心はあるが、怯えてはいない)
「嫌いじゃない」
「じゃあ……変な人ですね」
少女は、小さく笑った。
「ここでは、本を読む人、だいたい悪い人か、
もう何も失うものがない人です」
(なるほど……環境が、そうさせたか)
「名前は?」
「……呼ばれたこと、ありません」
一瞬の沈黙。
アルトは、表情を変えなかった。
「じゃあ、俺が名づける。ルシエルはどうだ?」
少女は、目を瞬かせた。
「……光、の名前ですね」
「嫌か?」
「いいえ」
少し考えてから、言う。
「初めて、“誰かにもらった名前”ですから」
しばらく、並んで座る。
少女――ルシエルは、ぽつりと言った。
「私は……いらないんです。ここにいても、国にいても。
光は、魔族には不要だから」
それは怒りではなく、事実として受け入れた声だった。
(……一番、厄介なやつだ)
「なあ、ルシエル」
アルトは、地面に石を並べた。
「国って、何だと思う?」
少女は首を傾げる。
「……強い人が、弱い人を守る場所?」
「惜しい」
アルトは、石を少しずらす。
「国は、“間違って生まれた人間を、消さなくていい仕組み”だ」
ルシエルの目が、揺れた。
「光があるから、闇が分かる。
闇があるから、光が眩しい。
どちらかだけの世界は、必ず歪む」
アルトは、はっきりと言う。
「だから俺は、どちらも残す国を作る」
ルシエルは、しばらく黙っていた。
やがて、小さく問いかける。
「……それって
私が、生きてていい国ですか?」
アルトは、迷わなかった。
「お前が生きてることを前提に作る国だ」
少女の目から、音もなく涙が落ちた。
嗚咽はない。泣き声もない。
ただ――
長い間、押し殺してきたものが、溢れただけ。
「……王子様」
「うん?」
「私、あなたの国で、何をすればいいですか?」
アルトは、初めて少し考えた。
「間違ってることを、間違ってると言え。
それが、一番難しくて、一番必要な役割だ」
こうして光属性の少女は、
王の軍でも、魔導士でもなく
理念として、迎え入れられた。
後に人々は言う。
千年王国が千年続いた理由は、
強さでも、魔法でもない。
最初に、
「消されるはずだった光」を、
王が拾ったからだと。




