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千年王国計画 〜第三王子による長期国家運営録〜  作者:
建国編

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69/70

勇者の定義

【人間国 評議室】 ※中間派議員ダレン視点


 評議室が、静かだった。静かすぎる。

 ダレンは、それが嫌いだった。

 嵐の前の静けさを、長年の経験で知っていた。

 今日の議題は、二つ。

 一つ目は、建国地への今後の対応。

 二つ目は、勇者エリオスの行動についての報告。

 二つ目が、問題だった。

 

 大司教が、正面に座っている。老将が、その向かいに座っている。

 どちらも、表情が読めない。だが、空気が違う。

 大司教の空気は、冷たい。老将の空気は、重い。

 ダレンは、その間で、静かに座っていた。

(……今日は、荒れる)


 議長が、口を開いた。

「では、勇者エリオス殿の件から始めましょう」

 書記が、報告書を読み上げた。要点は、一つだった。

 エリオスが、無断で建国地に単身接触した。

 評議室の空気が、動いた。


 大司教が、静かに言った。

「由々しき事態です」

 声は穏やかだ。むしろ、穏やかすぎる。

「勇者は、この国の象徴です。その象徴が、異端の国に単身で赴いた。教会として、看過できません」

 老将が、動かない。

 ダレンは、老将を見た。何かを、待っている顔だ。

「エリオス殿を、呼びましょう」

 大司教が、続けた。

「事情を聴かなければなりません」


◆◆◆


 エリオスが、入ってきた。背が高い。剣を持っている。

 だが、今日の目は、以前と違う。何かを、決めてきた目だ。

 ダレンは、それを見て、胸が重くなった。

(……これは、揉める)


「エリオス殿」

 大司教が、静かに口を開いた。

「建国地に、単身で赴いたとのこと。事実ですか」

「事実です」

 エリオスが、迷わず答えた。

「理由を、聞かせていただけますか」

「見たかったからです」

 評議室が、静まり返った。

 大司教が、少し間を置いた。


「見たかった、とは」

「建国宣言が読まれた場所を。あの宣言を出した人間が、何を作っているかを」

「それは、個人的な好奇心ですか」

「そうです」

 大司教の目が、わずかに細くなった。

「勇者としての立場を、お忘れではありませんか」

「忘れていません。だから、行きました」

「……意味が、分かりかねます」

「勇者として戦う相手が何者かを知ることは、勇者の務めではないのですか」

 大司教が、また少し間を置いた。


「建国地は、異端です。闇属性と光属性が混在する、神の摂理に反した国です」

「見てきました」

「え」

「光属性の子が、そこにいました」

 評議室が、また静まり返った。

 ダレンは、息を呑んだ。

(……言ってしまった)


「魔族の、光属性の子が、普通に生きていました。名前を持って。怯えずに」

 エリオスの声は、静かだった。怒っていない。

 ただ、見てきたことを、話している。

「人間国では、闇属性の子を処刑します。魔物国では、光属性の子を消します。だが、あの国では、どちらも生きています」

「それが、異端というものです」

 大司教が、静かに言った。

「神の定めた秩序に、反しているのです」

「その秩序で、何人の子供が消えましたか」

 

 静寂。

 

 大司教が、表情を変えなかった。

「秩序は、個人の感情で変えるものではありません」

「感情ではありません」

 エリオスが、大司教を見た。

「問いです。私は、勇者として戦います。だが、何のために戦うかを、問う権利があるはずです」

 大司教が、ゆっくりと立ち上がった。

「エリオス殿。あなたは今、非常に危険なことを言っています」

「知っています」

「教会は、勇者を支持しています。だが、支持には条件があります」

 エリオスが、黙った。大司教が、続けた。

「建国地との接触を、禁じます。今後、無断での行動は認められません」

 

 老将が、初めて口を開いた。

「大司教殿」

「何ですか」

「戦場での判断は、現場の指揮官に委ねられるものではないのですか」

「戦場の話ではありません」

「では、どこの話ですか」

 老将の声は、穏やかだった。だが、穏やかすぎる。

 ダレンは、二人の間で、小さくなっていた。

(……板挟みだ)


 大司教は、正しいことを言っている。秩序の話をしている。

 老将も、正しいことを言っている。現場の話をしている。

 エリオスも、正しいことを言っている。問いの話をしている。

 全員が、正しい。

 だから、話が噛み合わない。

 

 ダレンは、評議室の天井を見た。

(……アルトとかいう第三王子は、これを狙っていたのか)

 建国宣言一つで、人間国の内側がここまで揺れている。

 武力ではない。言葉と、存在だけで。

(……恐ろしい男だ)

 評議室の議論は、続いていた。

 大司教と老将が、言葉を交わしている。

 エリオスが、静かに立っている。

 ダレンは、どちらにも賛成できず、どちらにも反対できず、ただ座っていた。

 窓の外に、空が見える。建国地は、どこかあの空の下にある。

 小さな国が、こんなに大きな波紋を作っている。

(……盤面が、動いているな)

 誰かの言葉が、頭の中で響いた気がした。

 誰の言葉か、ダレンには分からなかった。


 大司教が、椅子に戻った。だが、空気は変わらなかった。

 むしろ、重くなった。

 大司教が、また口を開いた。

「エリオス殿。一つ、確認させてください。あなたは、何のために勇者として戦っていますか」

 評議室が、静まり返った。

 ダレンは、思わず前のめりになった。

(……核心だ)

 エリオスが、少し間を置いた。


「困っている者を、救うためです」

「困っている者」

「はい」

「それは、人間のことですね」

 エリオスが、大司教を見た。

「そうとは、言っていません」

 大司教の目が、細くなった。

「勇者は、人間国が召喚した存在です。人間国のために戦う、それが勇者の定義ではないのですか」

「定義は、誰が決めましたか」

「神が、決めました」

「神は、人間だけを救えと言いましたか」

 

 静寂。

 

 ダレンは、息を止めた。

 大司教が、静かに言った。

「闇属性は、神に背く存在です。魔族は、神の摂理に反する存在です。それは、教義に明記されています」


 エリオスが、また静かに言った。

「建国地で、闇属性の魔族が畑を耕していました。人間の老人と、並んで。神に背く存在が、土を触って、汗をかいていました」

「それが、何だというのですか」

「普通の人間と、同じでした」

 大司教が、少し間を置いた。

「見た目が同じでも、本質は違います」

「本質とは何ですか」

「神の光を受けられるかどうかです」

「光属性の子がいました」


 エリオスが、続けた。

「魔族の、光属性の子です。あの子は、神の光を受けられますか」

「魔族である時点で……」

「同じ光属性です」

 エリオスの声が、少しだけ強くなった。

「私と、同じ光を持っています。あの子と並んで立ったとき、同じ光を感じました。あの子は、神の光を受けられないのですか」

 大司教が、答えなかった。

 ダレンは、その沈黙を、全身で感じた。

(……答えられないのか)

 答えられないのではない。

 答えたくないのだ。


 老将が、静かに言った。

「大司教殿。勇者が戦う理由を、教会が決めるのですか」

「勇者は、教会の支援なくして存在できません」

「支援と、支配は違います」

 大司教が、老将を見た。

「将軍殿は、勇者に好き勝手をさせろと言うのですか」

「勇者が自ら問いを持つことを、好き勝手と呼ぶのですか」

 二人の視線が、交差した。

 ダレンは、また小さくなった。

(……どちらも正しい。どちらも間違っている)


 大司教の言いたいことは分かる。

 勇者が独断で動けば、統制が取れなくなる。国の方針が、一人の人間に左右される。

 それは、危険だ。


 老将の言いたいことも分かる。

 問いを持てない勇者は、ただの剣だ。剣は、誰かの意志で動く。

 その誰かが、正しいとは限らない。


 エリオスが、二人を見てから、口を開いた。

「一つだけ、言わせてください。私は、困っている者を救いたい。それが、勇者である理由だと思っています」

 大司教が、何か言おうとした。

 エリオスが、続けた。

「建国地で、光属性の子に会いました。あの子は、魔物国で消されかけた。人間国に生まれていれば、祝福されたはずの光を持って、消されかけた」

 静かな声だった。

「あの子は、困っていた。今は、困っていない。名前を持って、生きています」

「それは……」

「私が救えなかった子です」

 評議室が、また静まり返った。

 ダレンは、エリオスの顔を見た。

 怒っていない。責めていない。

 ただ、事実を言っている。


「人間のためだけの勇者なら、あの子は最初から救う対象ではなかった。それで、いいのかと、私は問いたい」

 大司教が、立ち上がった。

「エリオス殿。あなたの気持ちは理解します。だが、感情で秩序を変えることはできません」

「秩序が、子供を消すなら」

 エリオスが、大司教を見た。

「その秩序は、誰のためにあるのですか」

 返答は、なかった。


 大司教が、ダレンを見た。老将を見た。他の議員を見た。

 誰も、答えなかった。


 ダレンは、天井を見た。

(……これは、終わらない)

 今日は、決着がつかない。だが、何かが変わった。

 エリオスが問いを口にした。その問いは、評議室の空気に残る。消えない。


(あの第三王子は、これも計算していたのか)

 ダレンには、分からなかった。

 だが、建国地という小さな国が、人間国の中心にまで波紋を広げている。

 勇者を、揺さぶっている。評議室を、揺さぶっている。

 武力ではなく、存在だけで。

 窓の外の空は、変わらない。


 だが、この部屋の空気は、今日から変わった気がした。

 ダレンは、それが怖かった。

 そして、少しだけ、希望に見えた。

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