閑話 三人の子
【魔物国 玉座の間 深夜】※魔王視点
娘が、去った。
足音が、廊下に消えていく。
規則正しい。乱れない。
魔王は、玉座に座ったまま、その音を聞いていた。
蝋燭が、一本。玉座の間は、広い。
だが、今夜は狭く感じる。
三人の子が、頭の中にいるからかもしれない。
ガルディアスのことは、分かっていた。
あの子は、力で押す。それしか知らない。
それで、これまで勝ってきた。だから、疑わなかった。
だが、アルトの戦い方は、力ではない。
力で押せば、力で返ってこない。
盤面が、動く。
ガルディアスには、それが見えなかった。
(……見えなかったのは、俺も同じだったかもしれない)
魔王は、そう思った。
長い間、力だけで国を保ってきた。力が正義だと、そう信じてきた。
だが、アルトが建国宣言をした夜。
盤面が動いたな、と思った。
力ではない何かが、動き始めた夜だった。
ガルディアスへの真意は、単純だ。
あの子には、戦場が必要だ。戦場でしか、生きられない。
だから、戦場を与えてきた。
だが、今回の戦場は、あの子には向かなかった。
(それだけのことだ)
ルクレシアは、計算する。
今夜も、計算していた。報告書を読んでいた目。
申請の言葉を選んでいた口。魔王の反応を読もうとしていた目線。
全部、計算だ。
魔王は、それを見ながら、静かに思っていた。
(……お前は、何を計算しているのか)
ルクレシアの計算は、正確だ。
だが、計算できないものがある。
アルトへの真意。
それだけが、ルクレシアの盤面に入っていない。
だから、「思う存分やれ」と言った。
計算通りにやれ、ということではない。
計算の外に出てみろ、ということだ。
ルクレシアが、それを理解したかどうか。
廊下の足音は、最後まで乱れなかった。
(……まだ、分かっていないか)
それでいい。まだ、時間はある。
アルトのことは──
魔王は、蝋燭の炎を見た。
揺れている。だが、消えない。
あの子が生まれた時から、何かが違った。
特殊属性が測れなかった。それだけではない。
目が、違った。
何かを、遠くから見ているような目だ。
他の子とは、違う場所を見ている。ずっと、そう思っていた。
だから、試した。
官僚的な妨害。戦場への強制参加。忌み子の処理を任せた。
どれも、潰れるなら潰れろという試練だった。
だが、潰れなかった。
潰れるどころか、一つ一つを自分のものにした。
(……やはり、あの子か)
建国宣言を聞いた夜、そう思った。
千年かかるかもしれない。百年かもしれない。
だが、あの子が作ったものは、残るだろう。
魔王には、それが分かった。
長く生きてきた者だけが持つ、根拠のない確信だ。
だから、ガルディアスを止めなかった。
ぶつかれば、盤面が動く。盤面が動けば、アルトは強くなる。
そういう子だ。
(……俺には、できなかったことをやろうとしている)
魔王は、静かにそう思った。光と闇を、同じ場所に置く。
それは、魔王が長年、心の奥で望んでいたことかもしれない。
だが、できなかった。
力で国を保つことしか、知らなかったからだ。
あの子は、別の方法を知っている。
どこで覚えたのか、分からない。だが、知っている。
蝋燭の炎が、また揺れた。今度は、少し大きく。
だが、消えない。
(……思う存分やれ)
ルクレシアに言った言葉が、頭の中で繰り返される。
だが、本当はアルトに向けた言葉だったかもしれない。
思う存分やれ。
お前が本気でやっても、あいつは負けない。そう、信じている。
父として。
魔王として。
玉座の間が、静まり返っている。
蝋燭が、一本。
炎は、まだ揺れている。




