光が溶けた朝
【建国地 外縁】※エリオス視点
気づいたら、歩いていた。
軍を離れたのは、夜明け前だ。
誰にも言わなかった。理由も、分からなかった。
ただ、見たかった。
あの宣言が読まれた場所を。境界の荒野は、静かだった。
遠くに、囲いが見える。小さな灯りが、点々としている。
朝の光の中で、煙が上がっている。
誰かが、朝食を作っているのだろう。
(……普通だ)
エリオスは、足を止めた。
戦場ではない。廃墟でもない。
魔族と人間が、一緒に生きている場所だ。
「来るとは思っていた」
声がした。振り返るとそこには以前、夜の幕舎で向き合った男だった。
「……第三王子」
「剣は要らない。ここは戦場じゃない」
エリオスは、手を離した。
「なぜ分かったのですか。私が来ることが」
「お前は正直な目をしている。気になったら見に来る」
エリオスは、何も言えなかった。
当たっていたからだ。
「腹は減っているか」
「……え」
「朝飯がある。食っていけ」
◆◆◆
囲いの内側は、想像と違った。
殺伐としていない。
家族が、朝の支度をしている。子供が、走っている。
魔族の兵士と、人間の民が、同じ火を囲んでいる。
エリオスは、歩きながら、目が離せなかった。
これが建国地だ。アルトが作った場所だ。
小さな建物の前に、席が設けられた。
アルトが、誰かを呼んだ。
「ルシエル、一緒に食べよう」
少女が来た。小さい。まだ子供だ。
魔族の外見をしている。
エリオスと目が合う。
その瞬間。
(……光だ)
何かが、動いた。
胸の奥で。同じ光が、あの子の中にある。
純粋な、光属性の光が。
エリオスは、思わず少女を見つめた。
「ルシエルです」
少女が、静かに名乗った。
「……エリオスだ」
三人で、飯を食べた。
エリオスは、何度もルシエルを見てしまった。
同じ光を、こんなに近くで感じたことがない。
何か聞こうとしたとき、アルトが口を開いた。
「ルシエルは、魔物国で生まれた。光属性として」
エリオスは、杯を置いた。
「魔物国では、光属性の子は忌み子と呼ばれる」
アルトが、静かに続ける。
「存在を、消される」
エリオスの手が、止まった。
ルシエルを見る。
少女は、飯を食べている。表情は、穏やかだ。
だが、その言葉を何度も聞いてきた顔だ。
「ルシエルは、生き残った」
アルトが、それだけ言った。
エリオスは、しばらく黙っていた。
同じ光を持ちながら。
人間国では、光属性は祝福される。
勇者と呼ばれ、剣を持たされた。
だが、この子は──
「……辛くなかったか」
自分でも、なぜそう聞いたか分からなかった。
ルシエルが、少し考えた。
「辛かったです」
「今は」
「今は、ここにいます」
静かな答えだった。
羨む顔でも、怒る顔でもない。
ただ、今ここにいる、という顔だ。
ルシエルが、こちらを見た。
「あなたも、光属性ですか」
エリオスは、少し驚いた。
「……分かるか」
「感じます」
同じように、感じていたのか。
「ああ、光属性だ」
「人間国では……大事にされる」
言葉が、喉に刺さった。
ルシエルは、静かに頷いた。
「そうですか」
羨む顔ではなかった。ただ、知った顔だ。
世界が違えば、扱いも違う。それを、もう知っている。
「ルシエル」
「はい」
「ここは、どうだ」
少女は、少し考えた。
「ここには、名前があります」
エリオスには、すぐには意味が分からなかった。
アルトが、静かに補った。
「ルシエルは、ここに来るまで名前がなかった」
エリオスは、息を呑んだ。
名前がなかった。存在を、認められていなかった。
それが、忌み子ということか。
ルシエルは、また飯を食べ始めた。普通の朝の続きだ。
だが、エリオスには、もう普通には見えなかった。
同じ光を持つ子が、ここで生きている。
名前を持って。灯りの数だけ、人がいる。
魔族も、人間も、闇属性も、光属性も全員に、名前がある。
(斬った後に、どうするか)
アルトに問われた言葉が、また蘇る。
斬れば、この子もいなかった。名前も、知らなかった。
光も、感じられなかった。
エリオスは、拳を握った。
答えは、まだ出ない。
だが、問いが、また深くなった。
ルシエルの光が、朝の光の中に溶けていく。
同じ光が、ここにある。
それだけが、今日の答えだった。




