魔王の試金石
魔王に呼ばれたのは、能力判定から数日後の夜だった。
謁見ではない。儀礼も、立会人もない。
城の最上階。
地図と石盤だけが置かれた、小さな部屋。
(……非公式、か)
俺は、静かに入室し一礼した。
「来たか」
魔王は、椅子に深く腰掛けていた。
「座れ」
机を挟んで、魔王の目の前の椅子に着席した。
机の上には、簡略化された地形盤が置かれている。
城、街道、山、川。そして――境界線。
「仮定の話だ」
魔王は、淡々と言った。
「ここに、小国がある」
石で示された、人間国と魔物国の狭間。
「両国から敵視され、同時に侵攻を受ける」
魔王の指が、二方向から駒を進める。
「どう守る?」
アルトは、盤面を見た。
兵数は劣勢。地形も平凡。
(正面から受けると、三手で詰む)
だが――守るべきものは「城」ではない。
「まず、侵攻を一つにします」
アルトは、そう答えた。
「どうやって?」
「距離を、操作します」
魔王の眉が、僅かに動いた。
「敵同士の距離を、近づけます。
互いに、“相手の方が近い”と思わせる配置にします」
アルトは、二方向の侵攻路に、駒を一つずつ置いた。
「守りの薄い場所をつくり、互いの侵攻ルートを操作し、小国が真ん中で侵攻を受けるのではなく、一方向から侵攻を受けれるように操作します。また、小競り合いを誘発し、同盟の維持コストを上げ、同盟国同士が争うように様々な仕掛けをします。同時侵攻が崩れれば、あとは守り切れます」
魔王は、何も言わない。
だが、盤面を見つめる視線が鋭くなる。
「では、次だ」
魔王は別の石を置く。
「内部反乱。外敵より、こちらの方が厄介だ」
「配置を変えます」
アルトは即答した。
「中心に力を集めません。分散させ、“どこにも隙がない”状態を作る。
反乱は、“攻めやすい場所”があるから起きます。
”ここを落とせば勝てる”という要所を作りません」
魔王は、深く息を吐いた。
「お前は……」
一瞬、言葉を探す。
「戦わずに、勝つことばかり考えるな」
「はい」
アルトは、否定しなかった。
「王になりたいか」
唐突な問い。しかし、答えは決まっていた。
「いいえ」
アルトは、即答した。
「私は、国を“続けたい”だけです」
魔王は、長い沈黙の末、低く笑った。
「……なるほど」
机の上の石を、静かに元に戻す。
「測定不能で正解だ」
アルトは、何も聞かなかった。
「お前は、この城に収まる器ではない」
だが――」
魔王の目が、はっきりとアルトを捉える。
「まだ、その時ではない」
立ち上がり、背を向ける。
「今は、第三王子でいろ。
静かに、盤面を見続けろ」
部屋を出たあと、アルトは深く息を吐いた。
(……見抜かれた、か)
だが、“どこまで”かは分からない。
それでいい。
魔王は、窓の外を見ていた。
城の外。
人間国との境界。
「……空間、か」
誰にも聞こえない声で、そう呟いた。
千年王国という言葉は、まだ出ていない。
だが――
その芽は、確かに認識された。




