盤面の裏側
【建国地 アルトの執務室 夜】
蝋燭が、三本。
アルトは、地図の前に立っていた。
立ったまま、地図を指で追っている。
魔物国軍の現在位置。
人間国軍の補給線。
両国の騎馬の封鎖点。
(……想定より、綺麗に止まった)
だが、三日しかない。
三日で、次の手を打たなければ。
扉が、ノックもなく開いた。
グランが入ってくる。
「終わった」
続いて、レオン。
「補給線、機能停止を確認しました」
最後に、セフィラ。
「回廊、半日は動けません」
アルトは、地図を見たまま聞く。
「損害は」
グランが、床に座り込みながら答える。
「ゼロ」
レオンが、壁に背をつけながら続く。
「ゼロです」
セフィラは、窓の外を見たまま、少し間を置いた。
「……ゼロです。敵も含めて」
アルトは、指を止めた。
「敵も、か」
「川を渡れなかっただけです。誰も溺れていない」
短い沈黙。
「……そうか」
それだけだった。
だが、セフィラの肩が、わずかに下がった。
アルトは、指を動かした。
魔物国軍の位置から、撤退ルートへ。
「グラン、回廊の封鎖、あと何日持つ」
「二日は」
「レオン、補給の再建まで最短は」
「現地調達に切り替えれば四日。本国からなら七日です」
「現地調達を潰すなら」
「もう一手必要です」
「やれるか」
「やります」
アルトは、地図を見続けた。
両国の位置を、同時に捉える。
魔物国は、第一王子が独断で動いた。
人間国は、教会が急かした。
どちらも、内側に歪みがある。
(……待てよ)
アルトの指が、止まった。
地図ではなく、空白を見ている。
脳裏に、何かが蘇る。
前世の記憶だ。ゲームの画面。
似たような局面があった。
両国から同時に攻められた小国が、正面から戦わずに生き残ったシナリオ。
あのとき、プレイヤーが選んだのは─
(……内政干渉だ)
外から押すのではない。内側から、割る。
魔物国では、第一王子が独断で動いたことで、魔王との間に亀裂が生まれているはずだ。
人間国では、教会が軍を動かしたことで、老将のような軍人派と教会派の間に摩擦がある。
その亀裂を、広げる。
そのゲームでは、商人と密使を使って噂を流し、内部の不満を増幅させた。
結果、両国は外への攻勢より内側の調整に力を割かれ、小国への圧力が自然に消えた。
(……使える)
「レオン」
アルトが、急に振り返った。
レオンが、目を細める。
「顔が変わりましたね」
「手がある」
アルトは、地図の二箇所を指で叩いた。
「魔物国の王宮と、人間国の教会」
「……内側、ですか」
「ああ。第一王子が独断で動いたことは、魔王との間に隙を作っている。
人間国は教会と軍が同じ方向を向いていない」
レオンが、静かに頷く。
「その隙に、噂を流す」
「噂だけじゃない。証拠のように見える文書を作る」
レオンの目が、わずかに光った。
「……第一王子が独断で動いた理由を、魔王への反逆に見せかける偽文書、ですか」
「そうだ。人間国には、教会が軍を私物化しようとしているという話を流す」
グランが、首を伸ばした。
「それ、本当のことじゃないのか」
「本当のことに、少し色をつける」
セフィラが、窓から振り返った。
「……汚い手ですね」
「汚い手だ」
アルトは、否定しなかった。
「だが、誰も死なない」
セフィラが、少し考えた。
「……それなら、許容範囲です」
アルトは、また地図に向き直った。
指が、両国の王宮と教会を結ぶ線を引く。
(このゲーム、内政干渉は最も難しいルートだった)
前世では、何度も失敗した。
タイミングを間違えると、逆に団結させてしまう。
だが、今は。
(両国とも、すでに内側に火種がある)
あとは、風を送るだけでいい。
「レオン、動けるか」
「いつでも」
「疲れているだろう」
「策が見えているときに、疲れは感じません」
アルトは、小さく笑った。
気づいていなかった。
自分も、疲れを忘れていた。
グランが、床から天井を見上げた。
「オデは、何をすればいい」
「お前は休め」
「もう寝ていいか」
「ここで寝るな」
セフィラが、窓の外を見た。
建国地の灯りが、点々と続いている。
「……この灯り、明日も続きますか」
アルトは、地図を見たまま答えた。
「続かせる」
断言だった。
根拠のある断言だ。
盤面は、まだ動いている。
だが、方向は見えた。
四人で、夜が明けるまで地図を囲んでいた。




