落ちこぼれの完封
【建国地 外縁】※グラン視点
地面が、教えてくれた。
遠い。まだ遠い。だが、来ている。
グランは、荒野の端に膝をついたまま、目を閉じていた。
耳ではない。地を通じて、伝わってくる。
規則的な振動。重い。速い。
騎馬だ。数は、多い。
(……来たか)
怖くないと言えば、嘘になる。
騎馬隊というのは、正面から見れば壁だ。
止める間もなく、踏み潰される。
だが──
(オデは、正面に立たなくていい)
アルトが言っていた。
グランは、地を武器にするんじゃない。
盤面として使う。
最初に聞いたとき、意味がわからなかった。
今は、わかる。
地面の振動が、強くなる。
地平の向こうに、砂埃が見え始めた。騎馬の群れ。
陽光を反射する鎧。蹄の音が、腹に響く。
(でかい)
正直な感想だった。
だが、グランの手は、すでに地面に触れている。
魔力を、細く、深く、流していた。
地の声を聞く。
ここは、どんな土か。
どこが固く、どこが柔らかいか。
どこに、水が通っているか。
(……ここだ)
騎馬隊の進路、その先。表面は乾いて固い。
だが、その下には細かい砂の層がある。
重いものが乗れば、沈む。
だが、見ただけでは分からない。
グランは、息を整えた。
力を込めすぎない。壊すんじゃない。
ただ、少しだけ、柔らかくする。
蹄が沈む、ちょうど嫌な深さに。
騎馬隊が、射程に入る。後ろで、部下の声が聞こえた。
「グラン様、いつでも」
グランは、答えなかった。
地面と話していた。
(……今か?)
もう少し、引きつける。
騎馬の速度が、最大になる瞬間を待つ。
速ければ速いほど、沈んだときに立て直せない。
蹄の音が、耳に届き始めた。
地面越しではない。空気を通じて。
それが、合図だった。
(今だ)
グランは、魔力を解放した。
だが、爆発ではない。波だ。
地面の表層だけを、さざ波のように揺らす。
砂の層が、一瞬だけ液体のように動く。
先頭の馬が、蹄を沈めた。
一頭、また一頭。
転ぶわけではない。だが、リズムが崩れる。
騎馬というのは、リズムで動く。
先頭が乱れれば、後ろも乱れる。連鎖だ。
怒号が上がった。
「なんだ、地面が!」「速度を落とせ!」「隊列が崩れるぞ!」
騎馬隊が、乱れた。
だが、止まらない。立て直そうとしている。
指揮官の声が響く。
「怯むな!押し切れ!」
グランは、それを聞いて、静かに思った。
(来るなら、来い)
次の手は、すでに決まっていた。
魔力を、今度は深く流す。表層ではない。
もっと下。地の骨格に触れる。
地面が、低く唸った。
騎馬隊の前方、十間先。地面が、盛り上がる。
ゆっくりではない。一息で、膝の高さまで。
「なんだあれは!」
「壁が、出てきたぞ!」
岩と土が混じった隆起。
城壁ほどではない。
だが、騎馬が全速で越えられる高さでもない。
先頭の数頭が、急停止した。
後ろが、追突する。隊列が、団子になる。
(……そこだ)
グランは、今度は横に魔力を走らせた。
隆起した壁の両端。左右に、さらに盛り上がる。
回り込もうとした騎馬の行く手が、塞がれる。
「右が塞がれた!」
「左も!」
「退け、退けぇ!」
指揮官の声が、怒号から悲鳴に変わった。
グランは、立ち上がった。
膝についた土を、軽く払う。
隆起は、崩れない。揺らしもしない。
ただ、そこにある。
動けない騎馬隊が、壁の前で立ち尽くしている。
部下が、息を呑んだ。
「……グラン様」
「うん」
「あれ、一人でやったんですか」
グランは、少し考えた。
「一人じゃない」
「え?」
「地面が、やってくれた」
部下は、意味が分からない顔をしている。
グランは、それ以上説明しなかった。
地面の声を聞いた。地面が答えてくれた。それだけのことだ。
後ろで、アルトの声が聞こえた。
「グラン、完璧だ」
「オデじゃない、地面に礼を言っといてくれ」
一瞬の間。
アルトが、小さく笑った気配がした。
「応えてくれて、ありがとうな」
騎馬隊は、撤退を始めていた。
壁を壊す術を持たない。
回り込む道もない。
ここは、もう通れない。
グランは、また地面に手を置いた。
(……ありがとな)
地面は、何も言わない。
だが、温かかった。
これで、二度目だった。
魔物国の騎馬も、同じ場所で止まっている。
地面は、どちらにも平等だった。




