離れた場所で、同じ方向を見る
【建国地】※セレナ視点
宣言が終わった夜。
セレナは、囲いの端に座っていた。
内側では、焚き火が点々と灯っている。
家族たちが、小さな声で話している。子供が、母親の膝で眠っている。
戦場とは、違う空気だった。
だが、外では煙が上がっている。
両国が動き始めたことは、もう伝わっていた。
(来る)
セレナは、膝を抱える。
怖い。
それは、正直な感情だった。だが、兄上は怖がるなとは言わなかった。
怖くても、目を逸らすなと言った。
「……セレナ様」
ルシエルが、隣に座る。
静かな気配。いつも通りだ。
「怖いですか」
「……うん」
セレナは、正直に答えた。
昔なら、王族として取り繕っていたかもしれない。
だが、ここではそれが意味をなさない気がした。
「私も、怖いです」
ルシエルが、小さく言った。
「宣言を読み上げながら、ずっと怖かった」
「……でも、やった」
「はい」
二人で、しばらく黙っていた。
焚き火の音だけが、続く。
「ルシエル」
「はい」
「私、何かできることある?」
ルシエルは、少し考えた。
「……人の顔を、覚えてください」
「顔?」
「ここにいる人たちの。名前と、顔を」
セレナは、焚き火の方を見た。
魔族の兵士。闇属性の人間。家族たち。子供たち。
「王が顔を知っている、ということは…その人が、ここにいていい理由になります」
セレナの胸が、じわりと熱くなった。
兄上が、ルシエルに名前を与えた意味が、今わかった気がした。
「……分かった」
セレナは、立ち上がった。
怖い。
だが、できることがある。それで、十分だった。
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【魔物国 魔王城】※リオン視点
リオンは、廊下の角で足を止めた。
声が、漏れている。
第一王子派の武官たちだ。
「……独断で動くぞ」
「魔王が止める前に、既成事実を作る気だ」
「第三王子を潰せば、一番手柄になる」
リオンは、息を止めた。
感情は、二つあった。
怒り。そして、焦り。
(兄上に、知らせなければ)
だが、どうやって。
正式な伝令は、魔王城を経由する。
つまり、魔王に筒抜けになる。
それは、アルトへの余計な圧になりかねない。
(……どうする)
リオンは、その場で考えた。
兄上なら、どうするか。盤面を見ろ。感情で動くな。
何が使えて、何が使えないか。
数秒で、答えが出た。
リオンは、踵を返した。
向かった先は、レオンが以前使っていた資料室だ。
誰も使っていない。記録だけが残っている。
その中に、一枚の地図がある。
アルトが残していった、非公式の連絡網の痕跡。
(……あった)
リオンは、紙を一枚取り出した。
震える手で、書く。短く。簡潔に。
兄上が教えてくれた書き方で。
「第一王子、三日後に独断出兵。目標は建国地。魔王は静観。人間国も同時に動く気配あり」
折りたたんで、懐に入れる。
次に向かったのは、城下の外れにある小さな宿だ。
そこに、顔を知っている商人がいる。
アルトの周辺と、細い糸で繋がっている男。
表向きは、ただの行商人。
(頼む)
リオンは、扉を叩いた。
王子として、頼むのではない。
兄に学んだ一人の人間として。
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【建国地 翌朝】
レオンが、折りたたまれた紙を差し出した。
「……リオン様から、です」
アルトは、広げた。
一度だけ、目を閉じた。
「……やるな」
それだけ言った。
だが、その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
レオンが、静かに問う。
「予定を、早めますか」
「ああ」
アルトは、地図を広げた。
「魔物国が三日後なら、噂を流す時間は二日しかない」
「間に合いますか」
「間に合わせる」
アルトは、立ち上がった。
弟が動いた。
妹が動いた。
育てた、という感覚はない。
ただ、同じ方向を見ている人間が、また一人増えた。
それだけだった。




