躍動
【魔物国 建国宣言より三日後:前線】
命令は、正式なものではなかった。
第一王子ガルディアスは、父の言葉を待たなかった。
側近だけを集め、低く告げる。
「独断で動く。問題ない」
「しかし、魔王陛下が――」
「俺が動いた後で、父上が止めればいい」
誰も、反論できない。
それが、この男のやり方だった。
考えるより、動く。迷うより、壊す。
それで、これまで勝ってきた。
「兵を出せ。境界まで三日だ」
━━━━━━━━━
【同日 第二王女の執務室】
ルクレシアは、地図を広げていた。
境界の中間地帯。アルトが選んだ場所に、指を置く。
(……賢い)
どちらの国からも、直線では攻めにくい。
地形が、自然な盾になっている。
しかも、建国宣言を先に出した。
攻めた側が、「侵略者」になる。
報告が入る。
「……兄上が動いた」
「予定より早いですが、いかがなさいますか」
ルクレシアは、地図から目を離さない。
「追わない」
「え?」
「兄上が失敗すれば、私が動く理由ができる」
冷たい計算。感情は、どこにもない。
「成功すれば?」
「成功はしない」
即答だった。
「あの場所は、正面から押せる地形じゃない。兄上は、それを知らずに行く」
ペンを取る。
「私は、別の手を打つ」
━━━━━━━━━
【人間国 国境付近 同日】
軍は、静かに動いていた。
旗は立てない。
名目は「国境警備の強化」。
だが、兵の数は、それでは説明がつかない。
指揮を任されたのは、老将だった。
戦争を何十年も生き抜いた、疲れた目の男。
彼は、命令書を読みながら、小さく息を吐いた。
(……教会が、急かしている)
軍事的な判断ではない。
これは、政治だ。だが、命令は命令だ。
老将は、地図を見る。
境界の中間地帯。
そこに、何かがある。
(魔族と人間が、一緒に……)
信じられない話だ。
だが、報告書は事実を告げている。
(……見てみたい、という気持ちが、ないわけではない)
老将は、その考えを即座に打ち消した。
命令に従う。それが、この男の生き方だった。
「進軍を開始する」
━━━━━━━━━
【建国地 囲いの内側 同日 夕刻】
レオンが、地図を広げた。
「両国が動き始めました」
アルトは、それを聞いて、静かに頷く。
「予定より早いな」
「魔物国は、第一王子が独断で。人間国は、教会の圧力で」
「どちらも、感情で動いている」
グランが、腕を組む。
「……来るな」
「来る」
アルトは、囲いの外を見た。
夕日が、荒野を赤く染めている。
美しい、と思った。
同時に、ここで死ぬ人間が出るかもしれない、とも思った。
「レオン。例の噂、流せるか」
レオンが、わずかに目を細める。
「……どちらに?」
「両方に」
アルトは、口元だけ動かす。
「魔物国には、"人間国が手薄になった隙を突くつもりだ"と。
人間国には、"魔物国の王子が反転攻勢に出る"と」
レオンが、静かに頷く。
「足を、止めますね」
「止まった間に、準備する」
グランが、地面に手を置く。
「オデも、動く」
「頼む」
セフィラは、すでに水路の計算を始めていた。
ルシエルは、囲いの中を見回す。
家族たちが、夕食の準備をしている。
子供が笑っている。この光景を、守る。
それだけが、今、確かなことだった。
(来るなら、来い)
アルトは、遠くの地平を見つめながら、静かに思った。
盤面は、動き始めた。
ここからが、本番だ。




