建国の裏側
【魔物国 玉座の間】
報告が届いたのは、夜明け前だった。
使者は、震えながら跪く。
「……第三王子が、建国を宣言しました」
玉座の間が、静まり返る。
第一王子ガルディアスは、立ち上がった。
「ふざけるな」
声が、石壁を揺らす。
「あの小僧が、国を?魔物国を捨てたということか!」
第二王女ルクレシアは、目を細める。
「……予想より、早かったわね」
「早い?そんな問題じゃない!潰す。今すぐ」
「待ちなさい」
ルクレシアは、立ち上がらない。
「場所は、境界の中間地帯。軍を動かせば、人間国に察知される」
「なら同時に叩けばいい!」
「人間国と、共闘するつもり?」
ガルディアスが、黙る。
その一瞬の隙に、玉座の奥から声が落ちた。
「……そうか」
低く、静かな声。
魔王だった。
最初から、そこにいた。誰も、気づいていなかった。
「父上、これは反逆です。即刻――」
「黙れ」
一言で、ガルディアスが止まる。
魔王は、玉座から立ち上がらない。
ただ、遠くを見ている。
まるで、ずっと前から知っていたかのように。
「……建国、か」
呟きは、誰にも向いていない。
「盤面が、動いたな」
ガルディアスが、拳を握る。
「父上、まさか認めるおつもりでは――」
「認めてはいない」
魔王は、ゆっくりと息を吐く。
「だが、急ぐな」
「なぜですか!」
「焦った石は、盤面を壊す」
静寂。
魔王は、窓の外を見た。
夜明けの空が、じわりと白んでいる。
(……やはり、あの子か)
声には、出さない。
だが、口元だけが、わずかに動いた。
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【人間国 王城 評議室】
知らせが届いたのは、昼過ぎだった。
王家の重臣たちは、報告書を回し読む。
最初は、誰も信じなかった。
「……境界に、国?」
「魔物国の王子が、単独で?」
「魔族と人間が、同じ場所に?」
声が、重なる。
やがて、一人の重臣が立ち上がった。
「これは好機です」
場が、静まる。
「魔物国が割れた。内部分裂です。今こそ、総攻撃を――」
「待て」
遮ったのは、神殿の高位司祭だった。
老いた声。だが、重い。
「その"国"は、闇属性の人間を受け入れている」
空気が、変わった。
「……なんと」
「報告によれば、公式に。差別しない、と宣言したそうだ」
誰も、すぐには言葉を出せない。司祭は、静かに続ける。
「魔族と人間が混在し、闇属性が公認される国が、境界に立つ」
一拍。
「これは、軍事的な脅威ではない。教義への、挑戦だ」
その言葉で、評議室の温度が変わった。
軍事であれば、剣で答えられる。
だが、教義は違う。
闇属性を認める国が存在するだけで、人間国の民が疑問を持ち始める。
「……勇者殿に、知らせるべきでは」
誰かが言った。
司祭は、首を振る。
「まだ早い」
「しかし――」
「勇者は、今、戦場で光を振るっている。疑問を持たせる必要はない」
司祭は、報告書を閉じる。
「軍を動かす。ただし、名目は"秩序の回復"だ。建国への対応とは、表に出すな」
重臣たちが、頷く。
決定は、静かに下された。
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その夜。
勇者エリオスは、戦場の幕舎で、遠くの空を見ていた。
境界の方角で、かすかに光が揺れている。
篝火か。魔法か。
(……何かが、始まった)
理由は分からない。
だが、胸の奥で、あの夜の言葉が蘇る。
(斬った後に、どうするか)
エリオスは、剣に手を伸ばしかけて、止めた。
まだ、分からない。
だが。
(……見届けなければ)
その予感だけが、確かだった。




