囲いが生まれる日
戦争は、最前線だけで起きるものではない。
兵が動き、旗が翻り、
命令が飛び交うその裏で、
見落とされる場所が生まれる。
アルト・ノクティスは、
その「裏側」に向かって軍を動かした。
魔物国第三王子としての正式な出陣。
装備も、陣形も、文句のつけようがない。
だが、進路だけが――
わずかに、ずれている。
人間国と魔物国の境界。
どちらの国にも属さず、
戦争が通り過ぎるたびに踏み荒らされてきた土地。
夜明け前、一行はその荒野に辿り着いた。
誰も、すぐには口を開かなかった。
岩だらけの地面。
焦げた跡。
乾いた風。
ここで戦えば、確実に死ぬ。
ここで生きるなど、想像もつかない。
アルトは、振り返った。
連れてきたのは、精鋭だけではない。
疑問を持つ者。
迷いを抱えた者。
それでもついてきた者たち。
「ここで止まる」
アルトの声は、戦場で命令を出す時よりも低かった。
「これから話すことに、同意できない者は去っていい」
一瞬、空気が張り詰める。
だが、誰も動かない。
「この先、俺は魔物国のためだけには戦わない」
ざわめきが起きる。
だが、遮らない。
「人間国と魔物国のあいだに、新しい場所を作る。国だ。」
誰かが、息を呑む。
別の誰かは、無謀だと思った。
それでも、誰も去らない。
「まず守る場所が要る」
アルトは、視線を前に戻す。
「グラン」
名を呼ばれた大柄な青年は、一歩前に出た。
地面を見つめ、ゆっくりと拳を握る。
「……オデ、考えた」
言葉は拙い。
だが、迷いはなかった。
「ここにいるヤツら、戦えねぇのもいる。逃げ場もねぇ」
グランは、地面に膝をついた。
「なら、囲うしかねぇ」
大地が、震える。
無意識ではない。
決意に応える動きだった。
岩がせり上がり、土が折り重なり、
不揃いな線が、地平を分ける。
高すぎない。
だが、越えるには覚悟がいる。
城壁ではない。守るという意思の形だ。
誰も、笑わなかった。
誰も、止めなかった。
アルトは、囲いを見上げて言った。
「これが、最初だ。ここは、誰かを閉じ込める場所じゃない。
守るための境界だ」
そして、続ける。
「これから、闇属性の人間たちを迎えに行く」
一瞬、緊張が走る。
「彼らは、忌み嫌われる存在じゃない。
俺たちにとって、良き隣人になる者たちだ。
光と闇は、敵同士じゃない
表と裏だ。
片方だけの世界は、必ず歪む」
アルトは、一人一人の顔を見た。
「救うのは、正義だからじゃない。
共に生きる方が、強いからだ」
沈黙。
揺らぎはない。
「俺は、王になるつもりだ。
だが、命令で従わせる気はない。
ここに残る者は、この国を選んだ者だ」
それでも、
誰も去らなかった。
囲いの内側で、彼らは同じ方向を見ていた。
戦争は、まだ続いている。
だが、この夜、剣とは別のものが立ち上がった。
囲い。
それは、後に城壁と呼ばれる。
だが今は、ただの線だ。
光と闇のあいだに引かれた、最初の線だった。




