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千年王国計画 〜第三王子による長期国家運営録〜  作者:
人間国編

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40/65

正義が前に出るとき

 決定は、静かに下された。


 王城の奥、神殿と王家が同席する評議の場で、

 誰も声を荒げることはなかった。


 魔物国の動き。国境付近の緊張。小競り合いの増加。


 それらは、すでに「偶発」ではなくなっていた。

 だから結論は一つだった。


 ――戦争を、段階的に本格化する。


 それは宣戦布告ではない。

 あくまで「防衛の強化」であり、「脅威の除去」だ。


 言葉は慎重に選ばれる。

 人々が恐れないように。

 疑問を抱かないように。


 そして、最も重要な名前が挙げられる。

 勇者エリオス。


 彼が前線に立つ。それだけで、民は納得する。

 光が動くのなら、それは正しい。

 誰もが、そう思える。


 エリオスは、命を受けたとき、深く頷いた。


 迷いはない。

 疑問もない。


 ただ、胸の奥に、かすかな違和感が残っている。

 だが、それを言葉にする前に、彼は剣を取る。


(今は、前に進むときだ。

 魔族を討てば、すべては終わる)


 そう信じてきた。

 信じ続けてきた。


 信じなければ、自分が何者か分からなくなる。

━━━━━━━━━━━━━━━━


 戦場は、人間国と魔物国の境界に広がっていた。


 草原は踏み荒らされ、土は赤黒く染まり、空には火と風が交錯する。

 ここには、祈りも帳消しもない。


 あるのは、殺すか、殺されるか。


 勇者エリオスは、最前線に立った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━

 戦場は、すでに崩れていた。


 勇者エリオスが前に出たことで、人間国の前線は一気に押し上がる。

 光を纏った剣が振るわれるたび、魔物国の兵は後退を余儀なくされた。


 力が違う。技量も、士気も。


 勇者がいる限り、前線は折れない。

 それが、人間国の戦い方だった。

 エリオスは止まらない。


 防衛線を突破し、さらに奥へ。次の陣へ。

 魔物国の本陣が、視界に入る。


 簡素だが、整った陣。

 過剰な防御も、混乱もない。

 不自然なほどに、落ち着いている。


(指揮を潰せば、終わる)


 勇者として、最も正しく、最も分かりやすい判断。

 その瞬間、足元の感触が変わった。


 地面が、沈むのではない。

 ()()()


 踏み込みの力が、意図しない方向へ流れる。

 致命的ではない。だが、勇者の速度を殺すには十分だった。


 横合いから剣が叩きつけられる。


 火花。

 金属音。


 エリオスは反射的に受け止める。


 間合いは、近い。吐息がかかる距離。

 相手は、魔族だった。


 荒々しさはない。殺気はあるが、感情がない。

 まるで、戦場全体を預かっている存在のような圧。


 剣と剣が弾かれ、距離が空く。


 互いに、踏み込まない。この間合いが、限界だと理解している。

 戦場の喧騒が、一瞬だけ遠のいた。


「斬れば、終わると思っている」

 魔族が、静かに言う。


「それが、正義だからだ」

 エリオスは、迷いなく言い切った。


 魔族は、わずかに目を細めた。

 それは、嘲りでも否定でもない。

 確かめる目だ。


「違う。大事なのは、斬った後にどうするかだ」


 その言葉が、剣よりも重く胸に落ちた、その瞬間。

 地面が、二人のあいだで盛り上がった。


 轟音は小さい。

 だが、動きは速い。


 土と岩がせり上がり、剣一本分の距離だった空間を、完全に断ち切る。

 それは、防壁ではない。

 城でも、陣でもない。


 境界線だ。


 エリオスは、一歩踏み出そうとして止まる。

 越えられない。越えようと思えば越えられる。

 だが、それは――


(……斬る、という選択だ)


 理解してしまった。


 壁の向こう側で、魔族はすでに剣を下ろしている。

 こちらを見ていない。

 戦場全体へと、意識を戻している。


「名は、アルト・ノクティス」


 振り返らずに告げられる。


「また、会おう」


 その言葉は、挑発でも予告でもない。


 次は、斬るかどうかを選ぶ場所で会うという、当然の前提のようだった。

 

 壁は、ゆっくりと固定される。

 時間が経てば、回り込める。


 壊そうと思えば、壊せる。


 だが、今この瞬間は、進めない。

 勇者エリオスは、剣を下ろさなかった。


 だが、踏み出すこともできなかった。


(……斬った後に、どうするか)


 その問いが、

 壁よりも高く、

 彼の前に立っていた。

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