守られる光、消される影
人間国の中枢は、静かだった。
神殿の最奥、厚い石壁に囲まれた会議室では、香の煙が緩やかに立ち上っている。
そこに集うのは、王家の重臣と神殿の高位司祭たち。
誰も声を荒げない。
彼らにとって、世界は常に管理可能なものだからだ。
話題は一つだった。勇者エリオスの動向。
彼がどの戦場に立ち、どの街を通り、どの言葉を発したか。
それらは逐一、記録され、整理され、評価される。
誰も、彼の心情には触れない。
勇者の内面は、管理する必要のない領域だからだ。
彼が信じている限り、光は揺らがない。
揺らがない光は、民を安心させる。
安心した民は、疑問を抱かない。
疑問を抱かない国は、統治しやすい。
それだけの話だった。
ある司祭は、香の煙越しに考える。
(勇者は、正しく育っている。疑わず、迷わず、前に進む。
多少の違和感は、戦場に立てば消える)
剣を振るう理由を、彼は自分で疑わない。
それが最も重要だった。
勇者は、考える者であってはならない。
象徴でなければならない。
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夜明け前。王都の外れにある、古い修道院。
ここは祈りの場であり、同時に“処理”の場でもあった。
石造りの回廊を、小さな影が歩かされている。
闇属性の子だ。
まだ幼い。泣き声も出さない。
泣くことが、無意味だと知っているからだ。
付き添う神官の表情は硬い。だが、迷いはない。
(これは必要なことだ。闇を残せば、民が不安になる。
不安は、やがて秩序を壊す)
彼らは、自分たちが残酷だとは思っていない。
残酷なのは、世界の方だ。
闇は存在してはならない。
存在してしまった以上、消すしかない。
それが、正しい手順だと信じている。
子どもは、小さな部屋に通される。
窓はない。光もない。
祈りの言葉が唱えられる。
祝福ではない。帳消しのための言葉だ。
やがて、記録が一つ、閉じられる。
名前は残らない。
数字だけが残る。
「問題なし」
その紙切れ一枚が、人間国の平穏を支えている。
同じ時間、勇者エリオスは別の場所にいた。
訓練場で、剣を振るっている。
汗を流し、息を整え、次の戦に備える。
彼は知らない。
自分が守ろうとしている国が、どんな影の上に立っているのか。
だが、それでいいと、大人たちは思っている。
勇者に、すべてを背負わせる必要はない。
彼には、光だけを背負わせればいい。
闇は、彼の知らない場所で処理される。
それが、この国のやり方だ。
そして、このやり方が続く限り、人間国は揺るがない。
少なくとも――今のところは。
勇者は剣を振り下ろし、深く息を吐く。
(次の戦で、もっと多くを救える)
そう信じて、前を向く。
その背中を、王家と神殿は満足そうに見つめていた。
光は、今日も正しく使われている。
闇は、今日も静かに消されている。
まだ、誰も疑わない。




