光が選ぶもの
人間国において、世界は明快だった。
光は善。
闇は悪。
それ以上の説明は、必要とされない。
なぜなら、そう定義されているからだ。
人は、生まれ落ちた瞬間に測られる。
どの属性を宿したか。どの祝福を得たか。
光属性であれば、その人生は祝われる。
闇属性であれば――存在そのものが誤りとされる。
裁判はない。議論もない。
闇は魔族の証。それは、千年語られてきた真実だった。
その頂点に立つのが、勇者と呼ばれる存在だ。
名を、エリオス。
彼は、疑いなく光を宿していた。
純度の高い光。混じり気のない祝福。
神殿は彼を「選ばれし者」と呼び、王家は彼を「国の剣」と位置づけた。
民は――ただ、彼を見上げた。
エリオスは、優しかった。
戦場以外では、兵の名を覚え、民の話に耳を傾ける。
助けを求められれば、理由を問わず手を差し伸べる。
その姿に、誰もが安堵する。
(この人がいる限り、国は大丈夫だ)
そう思わせる力が、彼にはあった。
エリオス自身も、その期待を裏切ろうとはしない。
剣を振るう理由に、迷いはなかった。
(魔王を倒す。魔族を滅ぼす。
それが、世界を救う)
教えられ、祝福され、繰り返し語られてきた言葉。
それは彼の中で、疑問ではなく、前提になっていた。
人間国の戦争は、常に「防衛」の名を冠していた。
魔族が存在する限り、脅威は消えない。
ならば、先に断つ。
それは、攻撃ではなく、正義の延長だった。
だが、光が強いほど、影は濃くなる。
人間国では、闇属性の子は生まれないことになっている。
公式には。
実際には、生まれている。
ただ、記録に残らないだけだ。
神殿の奥。王都の外れ。
夜明け前の静かな時間。
そこで、「処理」が行われる。
誰もそれを残酷だとは言わない。
残酷だと感じる者は、すでに国の外にいるからだ。
エリオスは、それを知らない。
知る必要がない場所に、彼は置かれている。
勇者は、光であり続けなければならない。
曇りを抱えれば、人々の安心が揺らぐ。
だから、真実は遠ざけられる。
それでも、ごく稀に、小さな違和感は生まれる。
戦場で見た、逃げ惑う影。
武器を持たない背中。
祈るように震える手。
(……魔族は、皆、こうだったか?)
一瞬、そう思う。
だが、エリオスは足を止めない。
立ち止まることは、疑うことだ。
疑うことは、信じてきた光を傷つける。
だから、疑問は胸の奥に沈められる。
エリオスは、前に進む。
疑問を抱えたままでも、剣を振るう。
それが、勇者の役割だからだ。
人間国は、彼を中心に一つにまとまっていた。
疑いのない光。
揺るがぬ正義。
だがその内側には、確かに歪みが蓄積している。
まだ、爆発していないだけだ。
この光は、いつか別の価値と相対する。
だが、それはまだ先の話。
今はただ、人間国は光を信じ、
勇者は前を見て進み続けている。
疑問を胸の奥に置き去りにしたまま。




