残ったもの
争乱が完全に鎮まったわけではない。
石は投げられなくなった。
だが、視線はまだ刺さる。
忌み子が移された家の前には、遠巻きの監視が残り、
それを正義と呼ぶ者と、罪悪感と呼ぶ者が混ざっていた。
アルト・ノクティスは、集落を離れる前に一度だけ振り返った。
(解決ではない。ただ、破裂しなかっただけだ)
選択肢を与え、責任を分散し、誰か一人が「悪」になる形を避けた。
それは確かに、戦略としては機能した。
だが同時に、誰も救われきってはいない。
(それでいいと言えるほど、俺はまだ王じゃない)
戦略ゲームでは、「最悪を避けた」時点で成功とされる。
だが現実では、その“最悪にならなかった何か”が、人の心に重く残る。
アルトは、それを初めて実感していた。
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夜が明け、出立の準備が進む中、弟妹は不思議なほど静かだった。
第四王女は、集落の外れをじっと見つめていた。
視線の先にあるのは、忌み子のいる家だ。
昨日までなら、理由もなく怖がり、理由もなく避けていただろう。
今は違う。
(怖い、という感情が“知ってしまった怖さ”に変わっている)
アルトはそう感じ取る。
第五王子は、地面に落ちた小石を拾い、しばらく指で転がしてから、
そっと元の場所に戻した。
無邪気な仕草だ。
だが、その動きには迷いがあった。
あの石が、昨日、どんな意味を持っていたのかを知ってしまったからだ。
言葉にはならない。だが確実に、二人の中で何かが変わっている。
(これでいい。王の血を引く者として、
知らないままでいさせるほうが、残酷だ)
アルトは、そう自分に言い聞かせた。
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報告は簡潔だった。
死者なし。暴動は回避。
忌み子は隔離ではなく、管理下に置かれた。
魔王は、玉座でそれを聞き、短く息を吐いた。
(数字は、悪くない)
期待していなかったわけではない。
だが、期待していたわけでもない。
第三王子がどう動くかは、あくまで“観測対象”だ。
(軍を使わず、名も使わず
それで血を止めた)
魔王の思考は、淡々と次に進む。
(だが、この手は続かない)
一度目は効く。
二度目は疑われる。
三度目には、力を求められる。
それでもなお、第三王子はその道を選んだ。
(……重いものを選ぶ)
魔王は、わずかに口角を上げた。
評価ではない。理解だ。
(王になろうとする者の顔をしてきたな)
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第二王女は、報告書を机に置いたまま、しばらく指を動かさなかった。
死者なし。暴動回避。責任分散。
数字だけを見れば、合格点だ。
(でも、この選択は自身を削る)
忌み子を救ったわけではない。
民を救ったわけでもない。
ただ、「誰も決定的に壊れなかった」だけ。
(中途半端。だからこそ、最も厄介)
第一王子なら、短期的に完全制圧して終わらせただろう。
第三王子は、終わらせなかった。
問題を、次へ持ち越した。
(王向きだわ)
冷たく、そう結論づける。
(だからこそ、長く生き残るか。
あるいは、途中で折れる)
第二王女は、アルトの名前を心の中で呼ばなかった。
情を持たないためではない。
名前を呼ぶほど、個として認識していないからだ。
彼は、まだ「可能性」だ。
(次は、もっと逃げ場をなくす)
独白は、それで終わった。




