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千年王国計画 〜第三王子による長期国家運営録〜  作者:
争乱編

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35/65

残ったもの

 争乱が完全に鎮まったわけではない。


 石は投げられなくなった。

 だが、視線はまだ刺さる。

 忌み子が移された家の前には、遠巻きの監視が残り、

 それを正義と呼ぶ者と、罪悪感と呼ぶ者が混ざっていた。


 アルト・ノクティスは、集落を離れる前に一度だけ振り返った。


(解決ではない。ただ、破裂しなかっただけだ)


 選択肢を与え、責任を分散し、誰か一人が「悪」になる形を避けた。

 それは確かに、戦略としては機能した。

 だが同時に、誰も救われきってはいない。


(それでいいと言えるほど、俺はまだ王じゃない)


 戦略ゲームでは、「最悪を避けた」時点で成功とされる。

 だが現実では、その“最悪にならなかった何か”が、人の心に重く残る。


 アルトは、それを初めて実感していた。


━━━━━━━━━━━━━

 夜が明け、出立の準備が進む中、弟妹は不思議なほど静かだった。

 第四王女は、集落の外れをじっと見つめていた。

 視線の先にあるのは、忌み子のいる家だ。


 昨日までなら、理由もなく怖がり、理由もなく避けていただろう。

 今は違う。


(怖い、という感情が“知ってしまった怖さ”に変わっている)

 アルトはそう感じ取る。


 第五王子は、地面に落ちた小石を拾い、しばらく指で転がしてから、

 そっと元の場所に戻した。


 無邪気な仕草だ。

 だが、その動きには迷いがあった。


 あの石が、昨日、どんな意味を持っていたのかを知ってしまったからだ。

 言葉にはならない。だが確実に、二人の中で何かが変わっている。


(これでいい。王の血を引く者として、

 知らないままでいさせるほうが、残酷だ)


 アルトは、そう自分に言い聞かせた。


━━━━━━━━━━━━━

 報告は簡潔だった。


 死者なし。暴動は回避。

 忌み子は隔離ではなく、管理下に置かれた。

 魔王は、玉座でそれを聞き、短く息を吐いた。


(数字は、悪くない)


 期待していなかったわけではない。

 だが、期待していたわけでもない。


 第三王子がどう動くかは、あくまで“観測対象”だ。


(軍を使わず、名も使わず

 それで血を止めた)


 魔王の思考は、淡々と次に進む。


(だが、この手は続かない)


 一度目は効く。

 二度目は疑われる。

 三度目には、力を求められる。


 それでもなお、第三王子はその道を選んだ。


(……重いものを選ぶ)


 魔王は、わずかに口角を上げた。


 評価ではない。理解だ。


(王になろうとする者の顔をしてきたな)


━━━━━━━━━━━━━


 第二王女は、報告書を机に置いたまま、しばらく指を動かさなかった。


 死者なし。暴動回避。責任分散。

 数字だけを見れば、合格点だ。


(でも、この選択は自身を削る)


 忌み子を救ったわけではない。

 民を救ったわけでもない。


 ただ、「誰も決定的に壊れなかった」だけ。


(中途半端。だからこそ、最も厄介)


 第一王子なら、短期的に完全制圧して終わらせただろう。


 第三王子は、終わらせなかった。


 問題を、次へ持ち越した。


(王向きだわ)

 冷たく、そう結論づける。


(だからこそ、長く生き残るか。

 あるいは、途中で折れる)


 第二王女は、アルトの名前を心の中で呼ばなかった。


 情を持たないためではない。

 名前を呼ぶほど、個として認識していないからだ。


 彼は、まだ「可能性」だ。


(次は、もっと逃げ場をなくす)


 独白は、それで終わった。

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