王が投げる石
魔王城、玉座の間。
天井は高く、音が吸われる。
足音さえ、ここでは余計なものとして消えていく。
呼び出されたのは三人だった。
第一王子、第二王女、そして第三王子――アルト・ノクティス。
玉座に座す魔王は、すでに待っていた。
腕を組み、背を預け、まるで時間という概念そのものが腰掛けているかのようだ。
「南部、第三区画」
魔王は、前置きなく口を開いた。
声は低く、乾いている。怒気も、苛立ちも、焦りもない。
「光属性の忌み子が確認された」
その言葉に、アルトの胸がわずかに沈む。
(来たか……)
これまで、どこか遠くの出来事として聞いていた言葉。
だが、今は自分の足元に落ちてきた。
「集落の中央で口論が発生。投石あり。止めに入った者が殴打された」
淡々とした報告。
まるで、帳簿を読み上げているだけのようだ。
「現時点で死者はいないが、放置すれば暴動に発展する可能性が高い」
魔王は、ここで一度、視線を上げた。
玉座の間にいる三人を、等しく見渡す。
「この件について──第一王子、第二王女」
二人の視線が、魔王に向く。
「動くな」
短い命令だった。
理由は語られない。補足もない。
第一王子は、わずかに口角を上げた。
不満ではない。自分の戦場ではないと、即座に切り替えただけだ。
第二王女は、一切表情を変えなかった。
すでに、この配置の意味を理解している。
「第三王子」
魔王の視線が、アルトに定まる。
「お前が行け」
一瞬、喉が鳴った。
「軍は動かさない。王家の名も使うな」
条件が、一つずつ積み上げられる。
「成功も失敗もすべて、お前の責任だ」
その言葉が、アルトの胸に、重く落ちる。
(丸投げだ。助言も、保険も、逃げ道もない。
これは……試練ですらない)
「私に任せた理由は?」
アルトは、自分でも驚くほど冷静に問うた。
魔王は、ほんのわずかに目を細める。
「理由か…ない。ただ、見たいだけだ」
これは命令ではあるが、期待ではない。
救済でもない。観測だ。
アルトの背中に、冷たい汗が流れる。
(俺がどうなるかは、本当にどうでもいいんだな。
結果だけが、ここに残る)
魔王は、淡々と続ける。
「忌み子がどう扱われるか。民がどう動くか。
そして――」
視線が、再びアルトに戻る。
「お前が、どう乗り切るか」
玉座の間が、一瞬、静まり返った。
アルトは、深く息を吸った。
恐怖は、確かにある。
失敗すれば、民に憎まれ、血が流れ、取り返しがつかない。
(だが、ここで背を向ければ、俺は一生、盤面の外に立てない)
「……承知しました」
アルトは、ゆっくりと頭を下げた。
だが、そのまま終わらなかった。
顔を上げ、魔王をまっすぐに見る。
「一つ、質問があります」
「許可する」
「やり方は、問いませんか?」
その問いは、覚悟の確認だった。
誰かを傷つける可能性も含めて、すべてを背負う覚悟があるか。
そして――どこまで許されるのか。
魔王は、一拍置いてから答えた。
「問わん。結果だけを持ち帰れ」
それだけだった。
玉座の間を出たあと、アルトは長い回廊を歩く。
足音が、やけに大きく聞こえた。
(やり方は問われない。だが、やったことは必ず残る)
第二王女は、その背中を、黙って見送っていた。
声はかけない。助けもしない。
(丸投げ……実に魔王らしい)
内心で、そう評価する。
(成功すれば、第三王子は“使える”。
失敗すれば、それまで)
アルト・ノクティスは、
回廊の途中で一度だけ足を止めた。
胸の奥が、静かに熱を持っている。
「……行くしかないな」
忌み子の事件は、もはや避けられない。
そしてこれは、誰かを救う話ではない。
王として、どこまで汚れるかを問われる話だ。




