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千年王国計画 〜第三王子による長期国家運営録〜  作者:
争乱編

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30/67

盤面の外に、王は立つ

 戦は、日没前に終わった。


 勝利だった。

 だが、誰もそれを声にしない。


 焚き火の明かりが、戦場跡に点々と浮かび、

 風に乗って、負傷者のうめき声と、血の匂いが流れてくる。


 昼の喧騒が嘘のように、夜は静かだった。


「戦果報告を」


 アルト・ノクティスは、簡易幕舎の中で言った。


 声は落ち着いている。

 だが、胸の奥に、まだ戦場の振動が残っていた。


 レオンが一歩前に出る。


「敵部隊、撤退を確認。追撃は行っていません。

 こちらの損害は、死者二十三、重傷十七」


 数字が、空気に沈んだ。


 それは単なる数ではない。

 アルトの脳裏には、丘の上から見下ろした光景が蘇る。


 倒れ伏した兵。助けを求める声。動かなくなった背中。


「……分かった」


 それだけ言って、アルトは目を閉じた。


「退路の確保が遅れた。地形変化の影響を、最後まで読み切れていなかった」


 沈黙。

 誰も、言い訳をしない。


「……オデ」


 グランが、ぽつりと口を開いた。

 土に汚れた手を見つめたまま。


「オデ、大地を動かすことばかり考えてた。

 人が、そこに立ってるってのを忘れてた」


 大柄な背中が、わずかに丸くなる。


「……水も同じです」


 セフィラが続けた。

 鎧の隙間から、包帯が覗いている。


「流れを止めることはできました。でも、止めた後の混乱まで、計算に入っていなかった。

 足を奪った分、逃げ場も奪ってしまった」


 責める口調ではない。

 事実を、静かに並べているだけだ。


 レオンは、少し遅れて口を開いた。


「……伝達が、遅れました。殿下の指示は的確でしたが、

 現場に届くまでの時間が、致命的でした」


 拳を握る。


「机上なら、一瞬で済む距離です」


 アルトは、一人一人の言葉を逃げずに聞いていた。


「違う。全員、正しい判断をしていた。……だが」


 一拍。


「正しい判断を積み重ねても、死ぬときは死ぬ」


 それが、今日、身をもって知ったことだった。

 アルトは、自分の手を見る。

 震えは、まだ止まっていない。


 矢が飛んできた瞬間の、思考が凍る感覚が、身体の奥に残っている。


「正直に言う」


 アルトは、低く言った。


「……怖かった」


 誰も、驚かない。


「戦略ゲームでは、盤面は、どれだけ複雑でも、数字だった。

 だが、ここでは違う。判断の一つで、人が死ぬ」


 視線を上げる。


「俺は、それを“分かっているつもり”だった。

 ……つもりだっただけだ」


 沈黙が落ちる。


 だが、それは重苦しいものではない。

 共有される沈黙だった。


「今日、ここに立ったことで、俺は、初めて“戦場”を知った。

 勝つだけじゃない。生き残らせること。恐怖の中で、判断し続けること。

 それを、これからの前提にする」


 レオンが、小さく頷いた。


「……次からは、伝達網を組み直します」


「オデは、地形を人の逃げ道としても使う」


「水も止めるだけでなく、逃がす流れを作ります」


 アルトは、仲間たちを見回した。

 誰も、戦を楽しんではいない。


 だが、目は逸らしていない。


「……ありがとう」


 それだけ、言った。


 そのとき、幕舎の外で、足音が止まった。

 第一王子だった。


 中を一瞥し、アルトにだけ視線を向ける。


「終わったな」


「はい」


 一瞬の沈黙。


「次は、死ぬな。王の席は、一つだ」


 それだけ言って、去っていった。

 その背中を見送り、アルトは理解する。


 兄は、自分を“競う相手”として認識した。


 味方ではない。

 だが、まだ敵とも言い切れない。

 必ず刃を交える存在だ。


 幕舎に戻る。


 仲間たちが、何も言わずに待っている。


「……やることが増えたな」


 アルトは、かすかに笑った。


「もっと、戦場を知る。もっと、人を知る。

 盤面じゃない世界で、勝ち続けるために」


 その決意は、恐怖の上に立っていた。

 だが、だからこそ、折れない。


 試金石は、まだ終わらない。


 だがこの夜、アルト・ノクティスは

 確かに一段、王に近づいた。

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