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千年王国計画 〜第三王子による長期国家運営録〜  作者:
争乱編

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29/65

血の上に立つということ

 戦場は、近づくにつれて質感を変えた。


 城を出たときには、ただの荒野だった場所が、

 半日も進めば、土は踏み固められ、空気には鉄と焦げの匂いが混じり始める。

 遠くで上がる黒煙が、戦が続いていることをはっきりと告げていた。


 第一王子は、最前線にいた。


 剣を振るえば届く距離。敵の息遣いが聞こえる位置だ。


 一方で、アルト・ノクティスはその背後――

 戦場全体を見渡せる、小高い丘の上に立っていた。

 安全圏ではない。だが、突撃する位置でもない。


 王として、前に出た指揮位置。


「遅ぇな!」


 第一王子の声が、怒号と金属音の合間を縫って届く。

 剣を振り払い、返り血を散らしながら、振り向きもせずに叫んでいる。

 アルトは丘の上から声を張り上げた。


「状況は!」


「敵が出てきた!」


 短い返答。

 それで十分だと言わんばかりに、第一王子は再び前を向く。

 戦闘は、単純だった。


 第一王子が前に出る。それだけで兵が動く。

 迷いはない。判断を預ける相手が、常に最前線にいるからだ。


 敵陣に楔が打ち込まれ、押し、斬り、殴り、崩す。

 戦線は確実に前進していた。


 だが、アルトの目には、別のものが映っていた。


 倒れた兵が、拾われていない。敵も、味方も。

 踏み越えられ、地面に転がされたまま。


「……退路は!」


 再び、声を張り上げる。


「ねぇ!」


 第一王子は、戦いながら叫び返す。


「退く戦は、戦じゃねぇ!」


 その言葉に、アルトの喉が詰まった。


 これは、勝つ戦いだ。

 だが――生き残る戦いではない。


「殿下!」

 背後から、レオンの声。


「右翼が押されています!このままでは包囲されます!」


 アルトは、視線を戦場全体に走らせた。


 第一王子の戦い方は、正面に強い。

 だが、側面と後方は切り捨てられている。


「……俺がやる!」


 自然と、言葉が出ていた。

 第一王子が、戦いの合間に一瞬だけ振り向く。


「ほう!」


「指示を出す!配置を変える!」


 数秒の間。

 そして、短く。


「……やってみろ!」


 助ける気はない。

 だが、止めもしない。


 アルトは、深く息を吸った。


 盤面を見る。戦場を、地図に戻す。


「レオン!」


「はい!」


「右翼、三歩後退!前線は維持しろ!

 後衛、半円に展開!包囲を断ち切る!」


 レオンは迷わず走る。


 旗を振り、声を張り上げ、命令を繋いでいく。


「グラン!」


「オデ、ここだ!」


「地形を変えろ!

 前に出すぎてる部隊の左右を、浅く削れ!」


「分かった!」


 グランが丘の下、大地に手をつく。


 魔力が流れ、地面が低く唸った。

 乾いた土が沈み、岩がずれる。


 敵の足並みが、わずかに乱れる。


「今だ!」


 水が流れ、泥が重くなり、突撃が止まる。


 前進は止まった。

 それは、確かな成功だった。


「……悪くねぇ」


 第一王子の声が、前線から届く。


 だが、その瞬間。


「殿下!!」


 アルトの立つ丘の足元で、地面が崩れた。


 本来なら、安全な位置だった。

 だが地形変化により、そこは前線の延長になっていた。


 低くなった地面から、矢が放たれる。


 一瞬。


(――死ぬ)


 衝撃。


 横から、強烈な力がぶつかる。

 身体が宙を舞い、地面を転がる。

 肺から、空気が抜けた。


「生きてるか!」


 第一王子の声。


「……なんとかな」


 それだけ答えた。


 もし、数瞬遅れていれば。

 もし、前に出ていなければ。


 ここで終わっていた。


「分かったか!」


 第一王子が叫ぶ。


「戦場じゃな!正しいだけじゃ、死ぬ!」


 アルトは、泥にまみれたまま立ち上がる。


「それでも!退路を作る!生き残らせる!

 俺は、そうやって戦う!」


 第一王子は、戦場を見渡し、

 そして、笑った。


「……いい!なら、最後までやれ!」


 血と泥の中で、二人のやり方が、正面からぶつかる。

 勝敗は、まだ出ない。


 だが一つだけ、確かだった。


 アルト・ノクティスは、この日、知った。


 王とは、正しさを選ぶ者ではない。

 死なずに、立ち続ける者の名だ。

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