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千年王国計画 〜第三王子による長期国家運営録〜  作者:
争乱編

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27/65

正しさが、喉を塞ぐ

 異変は、音を立てなかった。


 怒号もなく、剣も抜かれない。血の匂いすらない。

 だが、朝から空気が重い。


 第三王子アルト・ノクティスの執務室では、机の上に並ぶ報告書が、

 昨日より明らかに増えていた。


 紙の厚み。封蝋の数。署名欄の空白。

 どれも、嫌な予感を裏切らない形をしている。


「……一日遅れ?」


 レオンが、乾いた声で読み上げる。


「物資の搬入が、規定確認のため保留されています」


「規定?」


「はい」

 別の紙をめくる。


「三年前に改訂された条文です。形式上は、完全に正しい」

 アルトは、何も言わなかった。


 正しいことは、否定できない。


 次。


「人員引き継ぎ、差し戻し」


「理由は?」


「引き継ぎ書の文言が、中央様式と異なるとのことです」


 グランが、低く唸る。


「……中身は?」


「問題ありません」


「じゃあ、なんで戻す」

 レオンは、目を伏せた。


「“前例と違う”からです」


 その一言が、部屋の温度を一段下げた。

━━━━━━━━━━

 昼前。


 第一王子派の使者が来る。

 甲冑は磨かれ、姿勢は堂々としている。


「第三王子殿下」


 深々と頭を下げながら、声には力がある。


「辺境の治安ですが、最近、不穏な動きが見られます」


「報告は受けている」


「ですので、我が一派から、精鋭を派遣しましょう」


 言葉は柔らかい。だが、断れない形をしている。


「指揮権は?」


「共同で」

 即答。


「殿下の負担も減るはずです」


 受ければ、現場は安定する。

 拒めば、治安悪化の責任が第三王子に集中する。


「……検討する」


 それしか、言えなかった。

 使者が去ったあと、部屋に重たい沈黙が落ちる。


「……貸しを作られる」


 セフィラが、低く言う。


「貸しで済めば、まだいい」


 アルトの声は、静かだった。

━━━━━━━━━━

 午後。


 第二王女派の官僚が現れる。

 声は穏やか。所作は丁寧。


「殿下、最近の裁定ですが」


 書類を差し出す。


「暫定管理者制度、前例に照らすと整理が必要かと」


「どこが問題だ」


「問題はありません。だからこそです」


 言葉が、胸に刺さる。


「制度として曖昧なままにすると、

 後々、殿下ご自身が苦しむことになります」


 正論。

 誰も否定できない。


「整理とは?」


「権限の明確化です。期限の短縮、裁量の制限」


 つまり――

 風を、殺す。


 レオンが、小さく息を吐いた。


「……巧妙ですね」


「巧妙だから、逃げ場がない」

 アルトは、目を閉じる。


━━━━━━━━

 夕刻。


 現場から、細かな報告が積み上がる。


「第一王子派の武官が、配置に口を出しています」

「第二王女派の監察が、 記録の再提出を要求、裁定が、中央で止まっています」


 どれも、正しい。

 だから、反発できない。

 グランが、拳を握りしめる。


「……殴れねぇ」


「殴ったら、終わりだ」

 アルトは、低く言った。


 殴れば、反逆。拒めば、無能。

 受け入れれば、侵食される。

 選択肢が、すべて削られていく。

━━━━━━━━━

 夜。


 執務室の灯りは、まだ消えない。

 誰も、帰ろうとしない。


 セフィラが、地図を見つめたまま呟く。


「……これは、戦場ですね」


「違う」

 アルトは、かすかに首を振る。


「戦場なら、敵が見える。

 これは…正しさで、首を締められる場所だ」


 誰も、返事ができなかった。

 アルトは、窓の外を見る。


 夜空は、変わらない。

 だが、確実に息苦しい。


(……魔王)


 名を出さずとも、分かる。


 これは、最初の石だ。

 しかも、一番優しい石。


 耐えられるか。壊れずに、立っていられるか。

 魔王は、まだ何もしていない。


 それが、一番の絶望だった。

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