王は、石を量る
魔王城の最奥。
玉座の間は、今日も静かだった。
広さはあるが、無駄がない。
豪奢な装飾も、威圧のための魔法陣もない。
ここでは、力は誇示されない。前提として、在る。
玉座に座る魔王は、報告を急かさなかった。
膝元に控える使者が言葉を区切るたび、
指先で肘掛けを軽く叩き、考えるための間を取る。
「第三王子アルト・ノクティスですが、
地・火・水の要を側に置き、光属性の忌み子を排除せず、
法の裁定においては、名を問わぬ者を立てました」
魔王は、すぐには反応しなかった。
視線は、玉座の前方ではなく、虚空の一点に向いている。
過去を見ている目だった。
「……囲わなかったか」
低い声。
使者は、慎重に答える。
「はい。あえて自由にしています」
魔王は、小さく頷いた。
「それは、賢い」
使者の肩が、わずかに揺れる。
賞賛が出るとは、思っていなかった。
「囲えば、力は鈍る。特に、風はな」
魔王は、ようやく使者を見る。
「……だが、囲わぬという判断は、信頼ではない。覚悟だ」
使者は、思わず問い返す。
「覚悟、ですか?」
魔王は、肘から身を起こし、背筋を伸ばす。
「囲わぬとは、去る可能性を最初から受け入れるということ。
それを、王が選ぶなら去られた後も、立っていられねばならん」
重い沈黙。
「第三王子は、そこまで考えていると?」
魔王は、すぐに答えなかった。
その代わり、別の問いを投げる。
「盤面は、整ったか」
使者は、恐れつつも答える。
「はい。
地は、逃げ道を作り
水は、流れを均し
火は、判断を早めました」
「光は?」
「……理想を照らしています」
魔王は、ゆっくりと息を吐いた。
「なるほど」
立ち上がる。
動きは、緩やかだ。
だが、玉座の間の空気が一段重くなる。
「整ったな。だからこそ、量れる」
使者が、嫌な予感を覚える。
「……何を、でしょうか」
魔王は、振り返らずに言った。
「耐久だ。王に必要なのは、正しさではない」
賢さでもない。壊れないことだ」
魔王は、壁に刻まれた古い紋章に手を置く。
そこには、幾度も滅びた王国の痕跡が重なっている。
「希望は、燃えやすい。信頼は、崩れやすい。
だが、絶望を抱いたまま立っていられる者だけが王になる」
ゆっくりと、指を鳴らす。
「試金石を投げろ」
使者は、喉を鳴らした。
「……どこへ」
「決まっている。盤面の中心だ。
国を名乗る前に、王を名乗る前に耐えられるかを、確かめる」
魔王は、最後に一言だけ低く告げた。
「これは、罰ではない。確認だ。
第三王子が、王になれるかどうかのな」
玉座の間に、再び静寂が戻る。
だが、世界はもう静かではない。
石は、すでに選ばれた。
投げられるのを待っているだけだ。
その重さを、第三王子はまだ知らない。




