枠のない流れ
夜が浅くなった。
魔王城の闇は、本来もっと重い。
だが第三王子の周囲では、灯りが消えず、人の気配が途切れない。
仕事が終わり続けている。それ自体が異常だった。
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【資料室】
地図の上には、いつの間にか線が増えている。
アルト・ノクティスは、国境ではなく配置を見ていた。
誰を動かせば、どこが軽くなるか。
どこに人を置けば、問題が先送りになるか。
盤面は、よく回っている。
「……順調ですね」
背後から、ルシエルがそう言った。
アルトは答えず、指を止めた。
その一言で十分だった。
扉が開く。
「失礼します」
レオンが書類を置いた。
「補給の遅れは解消しました。余剰も出せます」
「余剰?」
「配置を変えただけです。効率が上がりました」
成功だ。だがアルトは、その紙をすぐには見なかった。
「レオン」
「はい」
「今の仕組みで、誰が責任を負う?」
レオンは一瞬、考えた。
「……規則上は担当部署です。ただし今回のように部署を跨いだ場合、責任は分散します」
「つまり?」
「何か起きれば、立場の弱い者が処理されます」
アルトは小さく息を吐いた。
「責任を一箇所に集めるには?」
「線を引く必要があります。判断の線、裁量の線。
そして、その線を引く人間です」
線。枠。
背後で床が鳴った。
「オデ、呼ばれたか?」
グランだった。
「地盤の点検は?」
「終わった。崩れそうなところは抑えた」
盤面は、さらに安定する。
だが――
「グラン」
「なんだ」
「流れを止めることはできるか」
「できる。だが……溜まる」
短い答えだった。
だが、それ以上の説明はいらなかった。
アルトは、地図を見下ろす。
火は動かす。
地は支える。
水は流れを制御する。
だが、留める仕組みがない。
「……まだだな」
自然に、言葉が出た。
誰に向けた言葉でもない。
「これは国じゃない」
盤面としては完成に近い。
だが、続かない。
続かせるための枠がない。
レオンが、静かに頷く。
「ええ。動かすことはできますが、固定できません」
アルトは地図を畳んだ。
「このまま進めば、必ず歪む。
そして歪みは、いつも一番弱い場所に出る」
誰も反論しなかった。
反論できないからだ。
「次にやることは?」
レオンが問う。
アルトは、暗い廊下の先を見る。
「枠を作れる人間を探す」
具体名はない。
だが条件は、はっきりしていた。
夜は短い。流れは速い。
そして――枠のない流れは、必ず誰かを沈める。
アルト・ノクティスは、この成功を“未完成”だと認めた最初の夜に、次の一手を決めた。




