魔王は、慈悲を持たない
魔王は、報告を遮った。
「要点だけ言え」
それだけで、側近の背筋が凍る。
「……第三王子殿下の周囲に、人の流れが見られます」
「“流れ”?」
魔王は、その言葉を噛み砕くように繰り返した。
「集まっているのか」
「いえ…
第一王子派、第二王女派の双方から離れています」
魔王の視線が、ゆっくりと持ち上がる。
――沈黙。
それは、怒声よりも重かった。
「止めたか」
「いえ、命令違反も、規則違反も確認されていません」
「ならば問題ではない」
即断。だが声は、なおも冷たい。
「違反がないから許されるのではない。
無能でないから、まだ生かされている」
側近は、唾を飲み込む。
「第三王子は、何をしている」
「……人を見ています。
配置し、役割を与えているだけに見えます」
「“だけ”で、人は動かぬ」
魔王は、低く言った。
「第一王子は、力を誇る。
第二王女は、制度を誇る」
一拍。
「だが、誇らぬ者が最も厄介だ」
魔王は、椅子から立ち上がる。
その動きだけで、空気が張り詰めた。
「人が勝手に動くというのはな。
支配よりも、はるかに危険だ」
「……排除を?」
側近の声が、震える。
魔王は、即座に首を振った。
「早計だ。だが、遅すぎても意味がない」
魔王は、窓の外を見下ろす。
中庭を歩く者たち。
誰一人、第三王子の名を呼ばない。
それが、気に入らなかった。
「名を掲げぬ者は、刃を隠す。
刃を隠す者は、いつか血を見る」
側近は、何も言えない。
「第三王子が、何を望んでいるか。
それを、自分でも理解していない可能性がある」
魔王は、初めて、苛立ちを露わにした。
「それが、最も危険だ」
思い出す。
あの子が生まれた日のことを。
闇のみを宿し、光を内包しなかった。
――だからこそ。
「期待している」
それは、祝福ではない。
猶予だった。
「……試すか」
魔王は、断言した。
「壊れるなら、そこまでだ。壊れぬなら──」
一拍。
「国を抱かせてみる」
側近の呼吸が、乱れる。
「非公式に行え。痕跡を残すな。
もし死んだとしたらその時は、事故に見せかけろ」
その言葉には、自分の子に向ける言葉とは思えぬ冷酷さがあった。
だが魔王は、迷っていなかった。
この国に必要なのは、優しい王ではない。
「生き残る王国を、作れるかどうかだ」
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その夜。
魔王城の地下で、いくつかの駒が動き始めた。
第三王子を守るためではない。
壊すために。




