力を振るえば、取り戻せると思っていた
空は、低かった。
雲が垂れ下がり、戦場に光が届かない。
第一王子は、その空を見上げて舌打ちした。
「……鈍い」
前線は、静かすぎた。
剣が鳴る前の沈黙。火花が散る前の、妙な間。
それが、第一王子は嫌いだった。
戦は、もっと単純であるべきだ。
「補給は?」
短く問う。
「……遅れています」
部下の声が、わずかに揺れる。
「構わん」
第一王子は、前を見る。
「押せ。力で、ねじ伏せろ」
号令。
兵が動く。
鎧が鳴り、土を蹴り、隊列が前に出る。
それだけで、勝てるはずだった。
最初の衝突。
敵は、脆かった。斬れば倒れる。押せば崩れる。
血と土が混じり、呻きが上がる。
第一王子は、それを見て笑った。
「ほら見ろ」
二度目。
敵は引く。我が軍は追撃。
勝っている。
だが――
呼吸が、わずかに重い。
三度目。
兵の足が、止まった。
「……水が」
「矢が、足りません!」
第一王子は、振り返った。
「何を言っている。まだ、戦は始まったばかりだ」
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【後方 補給隊】
道は整っている。
地盤も、不自然なほど安定している。
しかし、狭い。
兵が詰まり、荷が動かない。
「誰が、この道を整備した」
「……記録が、ありません」
第一王子の眉が、ぴくりと動く。
「勝手な真似を」
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【前線】
敵は、 まだ残っている。
だが、こちらは――踏み出せない。
「押せ!」
怒声をあげる。
「押せぇっ!」
返ってくるのは、荒い息と、疲労の色。
誰も、前に出られない。
結果は勝った。
だが――削られた。
死者は少ない。それが、余計に質が悪い。
兵は生きているが、戦える顔をしていない。
「……なぜだ」
第一王子は、拳を握った。
「力は、こちらが上だ。数も、練度も」
報告が上がる。
「補給路は、事前に点検されていました。
地盤も、問題ありません。
ですが……」
「ですが?」
「……進軍が、早すぎました」
言葉が、胸に刺さる。
早いことは、強さだ。
遅いことは、弱さだ。
そう、信じてきた。
「誰が、この配置を?」
「第三王子殿下の周辺の者が…安全確認として」
第一王子は、鼻で笑った。
「臆病者だ。勝つ気がない」
次の報告。
「……別経路の部隊が、同規模の敵を損耗なしで、制圧しました」
数字が並ぶ。
損耗率。
消耗。
稼働時間。
差は、隠しようがなかった。
「……誰の指揮だ」
「第三王子殿下ではありません。
ですが、殿下の周囲にいる者が、配置と判断を」
第一王子は、立ち上がった。
「呼べ」
喉まで出た言葉。
――第三王子を。
だが、呼んで、何を言う?
命令違反はない。規則も破っていない。
勝っている。
拳が、震える。
初めて、力が届かなかった。
「……くそ」
それだけが、口から落ちた。
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夜。
第一王子派の陣営は、荒れていた。
「なぜ、勝てない」
「なぜ、数字が合わない」
一方。
第三王子の周囲でも報告がされていた。
報告は、一行だけ。
「作戦終了。追加対応なし」
第一王子は、まだ気づいていない。
失ったのは、戦ではない。
兵でも、時間でもない。
戦場を動かす権利――主導権だった。




