調べるという行為
第二王女は、報告書を一枚、裏返した。
次の一枚。
また次。
「……妙ね」
呟きは小さい。
だが、そこに感情はない。
倉庫崩落。処理済み。
城壁補修。前倒し完了。
補給路再点検。異常なし。
(どれも、“間違っていない”)
それが、一番の違和感だった。
第二王女は、即座に判断を切り替えた。
結果ではなく、経路を見る。
「この案件、誰が最初に触れた?」
「……記録が、ありません」
「消された?」
「いえ。最初から、書かれていません」
ペンが止まる。
(……書かれていない仕事)
それは、存在しないのと同じだ。
だが――結果だけは残っている。
「担当官吏の名前を」
「複数です」
「共通点は?」
「……第三王子殿下の周辺配置です」
第二王女は、ようやく顔を上げた。
「“派閥”ではないわね」
「はい」
「忠誠も、命令系統も見えません」
(だから、追えない)
追えば、ただの職務妨害になる。
正当性が、すべてこちらにない。
数刻後。
第二王女は、自ら動いた。
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廊下、資料室。
第三王子の近くで、人が静かに行き来している。
走らない。急がない。
だが――止まらない。
「……効率がいい」
無意識に、そう評価していた。
そこにいたのは、自身の派閥に所属している官吏エリク。
書類を抱え、一瞬だけ視線が合う。
緊張。
「あなた」
第二王女が声をかける。
「今、どこの指示で動いているの?」
エリクは、一瞬だけ迷った。
そして、正直に答える。
「……誰の指示でもありません」
沈黙。
その答えは、想定外だった。
「では、なぜ動いているの?」
「……必要だからです」
第二王女は、細く息を吐いた。
(まずい)
これは、従属ではない。
思想でも、忠誠でもない。
構造だ。
「第三王子は、何をしているの?」
探るような問い。
「……分かりません」
エリクは、視線を伏せる。
「ですが…人を、無駄にしない方です」
第二王女は、それ以上、聞かなかった。
聞けば、証言になる。
証言は、争いを生む。
(……これは、早い段階で触れておくべきね)
敵か。
味方か。
それを決める前に――
理解が必要だ。
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その夜。
第二王女は、一つだけ命じた。
「第三王子の周辺について
“調査”ではなく、観測を」
「どこまで?」
「……邪魔にならない程度に」
それは、警戒ではない。
だが――
無関心でもなかった。
第二王女は、窓の外を見つめる。
第三王子が、何を始めようとしているのか。
まだ、分からない。
(……放っておくには、少し静かすぎる)
こうして、城内に新しい視線が生まれた。
気づかれないようでいて、確実に近づく視線。
物語は、次の速度に入る。




