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千年王国計画 〜第三王子による長期国家運営録〜  作者:
人材確保編

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13/17

名もなき場所で働くということ

 それに気づいたのは、本当に些細なことだった。


 書類の山が、減っていた。


 官吏の男――名をエリクという。

 第二王女派に属していた、記録と集計を専門とする男だ。

 数字を整え、報告を上げ、判断材料を揃える。

 それが仕事だった。


(……今日は、早いな)


 定刻よりも、一刻早く机が空いた。


 ありえないことではない。

 しかし、最近それが続いている。


「エリク」


 呼ばれたのは、第三王子――アルト・ノクティスだった。


「この集計、助かった」


「……いえ」


 条件反射で頭を下げる。

 だが、その言葉には派閥名が付いていないことに、ふと気づいた。


 第二王女のもとで働いていた頃、評価は常に比較だった。


「誰より早いか」

「誰より正確か」


 だがここでは違う。


「ここが、見やすかった」

 ただ、それだけ。


 資料室を出たとき、エリクは足を止めた。

(……あれ)


 自分は今、どこの派閥の仕事をしている?


 第一王子派ではない。

 第二王女派でもない。


 だが、命令違反はしていない。


 配置換えは正式だ。書類も通っている。

 すべて、正しい。

 それなのに。


(……派閥に、属していない)


 背筋が、少しだけ冷えた。

━━━━━━━━━━━

 数日後。


 エリクは、別の官吏とすれ違った。


「最近、楽そうだな」


「いえ」


 否定しかけて、言葉を選ぶ。


「……無駄が、少ないだけです」

━━━━━━━━━━━

 その夜。


 彼は、自分の仕事を振り返っていた。

 誰かの権力を強めるためではない。

 派閥内の評価を上げるためでもない。


 ただ必要な場所に、必要な情報を置いている。


(……これ、派閥じゃないな)

 気づいた瞬間、胸がざわついた。


 派閥とは、守ってくれる代わりに、縛るものだ。


 だがここには、守りも、縛りもない。

 それでも、答えが出なかった。


 誰にも聞けない。

 だが――

 このままでは、自分の立ち位置が分からない。


 エリクは、廊下の角で立ち止まった。


 視線の先にいるのは、第三王子のそばにいる少女。

 光属性の忌み子。名は、ルシエル。


(……よりにもよって)


 胸の奥に、はっきりとした抵抗が湧く。


 魔物国に生まれた、光。存在自体が忌避されるもの。

 触れてはいけない。関わってはいけない。


 ――そう、教えられてきた。


(他に、聞ける相手がいない)


 第三王子本人に聞く勇気はない。

 他の官吏に聞けば、派閥争いに見える。


 残る選択肢は、忌み子だけだった。


 エリクは、一歩、距離を取ったまま声をかけた。


「……あの」


 声が、自分でも分かるほど硬い。


 ルシエルは、ゆっくりとこちらを向いた。

 怯えも、警戒もない。

 それが、余計に居心地を悪くする。


「あなたは……」


 言い淀む。


 名前を呼ぶのも、ためらわれた。


「第三王子の、近くにいる……」

 それ以上、言葉が続かない。


「忌み子です」

 ルシエルが、先に言った。

 感情のこもらない声。


「……そう呼ばれています」


 エリクは、一瞬、目を伏せた。


(自分から、言わせたのか)


 罪悪感と、安堵が、同時に湧く。


「……聞きたいことがある」


 お願いではない。命令でもない。

 仕方なく、口にした言葉。


「僕は……

 今、どこに属しているんでしょうか」


 ルシエルは、少しだけ首を傾げた。

「……属して、いません」


「でも」


 思わず、

 語気が強くなる。


「仕事は、回っています。評価も、明確です」

 それなのに、派閥じゃないなんて……

 ここは──」


 ルシエルは、静かに言った。

「派閥じゃないんです。

 役割が、先にあるだけで」


 その言葉に、エリクは眉をひそめた。

 理屈としては、理解できる。


 だが――


(こんなことを、忌み子から聞かされるとは)


 沈黙。


 気まずさだけが残る。


 ルシエルは、それを気にした様子もなく続けた。


「……だから、奪う必要がないんです」


 その瞬間。


 エリクの中で、何かが噛み合った。


 派閥がないのではない。

 派閥を必要としない構造。


(……まずいな)


 理解してしまった。


 しかも、それを教えたのが――忌み子。


「……ありがとう」

 絞り出すように言う。


 目は、合わせられなかった。


 ルシエルは、小さく首を振った。


「……気にしなくて、いいです。慣れてますから」


 その言葉が、なぜか胸に残った。


 嫌悪は消えない。距離も、縮まらない。


(……聞くべきことを、聞いてしまった)


 エリクは、その場を離れた。

 そして理解する。


 第三王子の周囲には、嫌悪される存在すら、

 役割として配置されている。


 それが、この流れの正体だと。

 

 エリクは、初めて自覚した。


 自分は、第三王子の周囲で働いている。


 忠誠を誓ったわけではない。

 旗を掲げたわけでもない。


 だが──


(……戻ろうとは、思わないな)


 誰にも宣言されず、誰にも気づかれず。

 それでも確かに、一つの流れが生まれていた。


 名前のない派閥。


 それが、最も静かで、最も厄介な形だと、

 まだ誰も気づいていない。

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