名前のない派閥
アルト・ノクティスは、誰にも宣言しなかった。
仲間を集めている、とも。
何かを始める、とも。
それでも――
人は、自然と集まり始めていた。
場所は、魔王城の一角。
公式な執務室ではない。使われなくなった資料室。
埃をかぶった地図と、壊れかけの机。
誰も気に留めない場所。
「……ここ、人が来ないですね」
ルシエルが、静かに言った。
「来ない方がいい」
アルトは即答する。
「今は、特に」
机の上には、地図が広げられている。
魔王城。周辺領地。
交易路。中間地帯。
だが、線は引かれていない。
国境も、陣営も、まだ描かれていなかった。
「グラン」
「オデ?」
「ここ、少し地面が歪んでいるな」
グランは地図を覗き込み、頷く。
「……古い地脈だ」
「放っておくと、崩れる。
手、入れとくか?」
「頼む」
それは、工事の相談だった。
だが――
誰にも知られない拠点整備でもあった。
「レオン」
「はい」
「この辺りの補給路、記録が二重になっている」
レオンは即座に答える。
「意図的ですね。古い帳簿と新しい帳簿が、噛み合っていません。
誰かが、“見せたい流れ”と“実際の流れ”を分けています」
「修正できるか?」
「表には出さずに、なら」
ルシエルは、そのやり取りを黙って聞いていた。
やがて、ぽつりと言う。
「……誰も、仲間だって言ってません」
アルトは、少し考えてから答えた。
「言う必要がない。
今は、それぞれが必要な場所にいるだけだ」
この集まりには、名前がない。
命令系統も、上下関係もない。
あるのは、役割の共有だけ。
「もし、誰かに聞かれたら?」
ルシエルが尋ねる。
「第三王子が、何をしているのか、と」
アルトは、地図から目を離さず言った。
「こう答えろ。
人を、適材適所に置いているだけだ、と」
それは、嘘ではない。
戦力を集めているわけでも、
反乱を企てているわけでもない。
ただ――
噛み合う人間が、噛み合う場所に置かれているだけ。
だがその夜。
魔王城のどこかで、誰かが違和感を覚え始めていた。
「……第三王子の周り、静かすぎる」
それは、最初の兆しだった。
名前のない派閥は、まだ存在しない。
だが――
すでに、機能し始めていた。




