TS、ボクっ子と勝負する 1
体育館に、バスケットボールの弾む小気味の良い音が響く。
オレの視線の先にいるのが、神谷ましろという名の女子。髪はショートで、やや吊り目の切れ長であり、鼻梁は高い。絵に描いたような美形であるが、凛々しく、どちらかと言えば宝塚系である。
その神谷と何故かバスケのスリーポイントで、勝負する羽目になった。
先にロングシュートを放った神谷のボールが、バスケットの中に吸い込まれた。コイツ、口だけじゃなく、デキる奴だ。
オレは、舌打ちした。
そして、なんでこんな目にあっているのか、僅か40分ばかり前の出来事だが、そこから振り返るべきであろう。
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放課後。教室で、オレはいつものグループと女子トークを繰り広げていていた。
そのうち、相沢さんが席を立ったので、尋ねた。
「相沢さん、どうしたの?」
「いやー、このままダベっていたいんだけどね。そろそろ、部活に行かなくちゃ」
「ああ、相沢さんは、女バスだったのよね?」
「そうそう。私、シューティングガードしてるんだー」
「へーそれは凄いなぁ。そうだ、相沢さん、これから応援というか――見学に行ってもかまわないかな?」
「勿論だよー、拓巳くん。是非、来てほしいなー」
そんな遣り取りがあり、オレ達は体育館へ向かった。ボランティア部の方は、1日くらいサボっても、大丈夫だろう。
体育館に着き、相沢さんは更衣室にいった。少し待つと、彼女は着替えを済ませ、バスケ部のジャージを着て、颯爽と出てくる。オレと河合と加藤さんは、練習の邪魔にならないよう、体育館の端から見学している。
基礎練習が終わり、相沢さんはセンターラインに戻った。前には、ディフェンダーが二人いる。彼女は、その二人をドリブルで躱し、軽やかに舞った。
しかし、ジャンプシュートを成功させた後、彼女は顔を歪ませた。どうやら、足を捻ってしまったようだ。
「あ、相沢さん。大丈夫か?」
オレは、部員でもないのに、コートの中に入った。
「大丈夫、大丈夫。ちょっと捻っただけだから。ってイツっ!」
立ち上がった相沢さんは、やはり顔をしかめた。オレは肩を貸し、彼女をコートの外まで連れて行った。
「相沢さん、保健室に行ったほうがいいよ」
「だね。けど、困ったな。8月に大会に向けて、今日は実践形式でやる予定だったんだ。私がいなくなったら、皆に迷惑かけちゃうよ。――って、そうだ!」
相沢さんは、オレの顔を見て、口角を上げた。
「拓巳くん、悪いのだけれども、私の代わりに練習に参加してくれないかな? 拓巳くんってさ、バスケも上手かったよね?」
「ああ、うん。今日一日だけなら、構わないけど」
「ありがとう。これで保健室に行けるよ。湿布貼ってもらって、大したことなければ、また戻って来るから」
「う、うん。了解です」
話がつくと、相沢さんは、加藤さんに支えてもらいながら、体育館から出ていった。
オレは、降って湧いた話に戸惑いながらも、サイドラインを跨いで、コートの中に入ろうとした。
その時、一人の女子が、オレの前に立ち塞がった。彼女は、凛々しい顔をしたショートカットのボーイッシュな女子であった。
「あのさ、部外者はコートに入らないでくれかな? ついでだから、体育館から出ていってもらえると、尚いいね」
「相沢さんが怪我したから、助っ人するつもりなのだが。余計なお世話だったか?」
「ああ、大きなお世話だね。TSして美少女になった塚原拓巳くん。君の噂は、よく耳にしているよ」
「なんかカチンとくる言い方だな。なおのこと、練習に参加したくなったわ」
オレは、無理にコートに侵入した。そんな強引な態度が癪に障ったのか、ボーイッシュ女子は再び前に立つ。
「待て待て。どうしても練習に参加したいと言うのなら、スリーポイントで勝負しよう」
「いきなり勝負だと? なんなんだ、そりゃ」
「まずは君の実力を見せてもらわないとね。来月には大会があるんだ。足手まといだったら、かえって迷惑になるからね」
「成る程。相沢さんの助っ人になり得るかどうかのテストということか」
「そういうこと」
「⋯⋯分かった、いいだろう」
相沢さんとの約束があるし、ボーイッシュな女子の申し出を受けることにした。しかし、いきなり勝負とか、こんなのありかよ!?
そして、彼女が先にスリーポイントのラインに立った。
「じゃあ、ボクが先攻でいいかい? お互い10本シュートして、多く入ったほうが勝ちってことで」
「ああ、それで構わない」
「よし、じゃあいくよ」
彼女は、コートに落ちていたボールを拾い上げ、シュートの構えに移ろうとした。
「ちょっと待った。一応、お前の名前を聞いておこうか」
「おっと、そういえば自己紹介がまだだったね。ボクは、2年B組の神谷ましろ。一応宜しくな、TS美少女の塚原拓巳くん」
神谷はフッと笑ってから、いきなりジャンプして、シュートを放つ。それは、鮮やかに決まった。
「きゃー、ましろ様ー!」
黄色い声援がした。なんか、一部の女子が熱狂的に叫んでいる。
女子に人気があるボクっ子かよ。なら、オレっ子の意地にかけても、アイツに負けられねぇな。
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こういった経緯があり、今に至る。我ながら、馬鹿な話だと思うが、もう勝負は始まっていた。




