TSの部屋に、女友達が遊びにくる 1
日曜日になった。約束の時間5分前になり、ひたすらソワソワする。
なんか女子になってから、趣向が変わったのか、Hな本は見なくなってしまった。だが、未だに捨てられずにいた。夜中のゴミ置き場に行って、近所の人に見られたら、軽く死ねる。
けど、それらの本は、ベッド下の衣装ケースに収納してあるから、河合に見つかることもないだろう。多分。
女子になったら、なんだろう。レディースコミックとかが、合うのかねぇ。その辺のことを河合に……とか、聞ける訳ねーじゃん。バカなの、アホなの? バカの見本市なのか、オレは。
呼び鈴の音がして、階下から「おじゃましまーす」と、河合の声が聞こえてきた。続けて「あらあら、まぁまぁ。いらっしゃーい」と、お袋の声。
そのやり取りをドアを少し開け、聞いているオレって⋯⋯
それからドタバタと音がして、階段を駆け上がってくる音がしたので、急いで部屋の真ん中にある丸テーブルの前に座った。
「拓巳ちゃん、ちょっとなんなのあの美少女は! これはもう御赤飯だねぇ」
「いや、だからお袋。オレも美少女なんだけど」
「そ、そうだったわ。でも、美少女X美少女⋯⋯それはそれで、ブツブツ⋯⋯」
「悩む前にお茶とお茶請けを頼むよ、お袋」
「そ、そうよね⋯⋯河合さんからお菓子を頂いたから、それ持ってくるわね」
お袋は、ふらふらと部屋から出ていった。入れ替わりで、河合が部屋に入ってくる。
「ど、どうもこんにちはー」
「ど、どうも⋯⋯まぁ、むさ苦しい部屋だけど、座ってくれよ」
オレは、丸テーブルの前に来客用のクッションを置いた。
「た、拓巳くん。なんかこのお部屋可愛いね。あのちいXわのぬいぐるみとか、あの白いクローゼットとか、ホント可愛いい」
「そ、そうか。気に入ってもらってなによりだよ、うん」
なんというか、どうにも照れが入ってしまう。それは河合も同じらしく、いつもの堂々とした振る舞いではない。どことなく遠慮がちであり、恥じ入っているようでもあった。
オレの方も、女子と二人きりに部屋でいることを意識してきた。
あ、ヤベ。オレの胸、高鳴っている。ドキンドキンって、心臓が脈打っている。
河合を見ると、顔を赤くし、はにかんでいだ。いや、ちょっとこの雰囲気は、ヤベェよ。
誤魔化すかのように、オレはわざとらしく咳払いし、喋りだすた。
「あー、相沢さんと加藤さんは、まだ来ないのかなー」
「えーと、その⋯⋯二人なら来ないよ。相沢は、突如として身内に不幸が起きちゃって。加藤は、突如として夏風邪を引いて熱が出て、来られなくなったって。さっき、そう連絡が入ったんだ」
おいおい。二人共、突如として不慮の何かが起きるのかよ? コレはアレだな。三人が共謀して、相沢さんと加藤さんが、急に来られなくなったって示し合わせていたに違いない。
ということは、これから数時間、河合と二人きりということか。ど、どどどうしよう。
その後、お袋がお茶と菓子を持ってきてくれたが、そそくさと出ていってしまった。きっとまだ美少女X美少女という状況に混乱しているのだろう。
こうなってしまったら、もうお袋が部屋に侵入してこないかもしれない。これはマズいぞ。なんか、ドキドキが止まらないし。
「た、拓巳くんさー。部屋は、ピンクと白なのに、本棚は少年と青年マンガばっかで、なんかおかしいの」
「そ、そそそうか?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、カイジでも読んでみる? 限定ジャンケン面白いよ?」
「え? いや、それはちょっと。私、映画観たことあるけど、ああいうのはあんまり⋯⋯」
「それじゃあ、ハチクロか君に届けとか? のだめもあるよ」
「え? そんなんないじゃない」
「いや、妹の部屋にある。持ってこようか?」
「読んだことあるし、お気使いなく。それより、太宰と三島と川端康成があるのだけれども」
「うん、そうだね。まぁ普通に読むよね、文豪は」
当然、嘘である。土曜日に大慌てで、近所の書店に駆け込み、あつらえてきたものだから。
「女生徒いいよねー。女性の一人称が良くってさ。あと、潮騒も読んだなー。風景描写が秀逸だよ。三島は、風景描写と心理描写を組み合わせるのが、上手くて」
「あ、うんうん。それなー」
それなもクソもない。読んでいないのだから。
そこから、沈黙が訪れた。河合は俯き、下を向いている。
うう、なんか胸がドキドキする。もう持たない。こうなったら、誰でもいい。妹でも、金髪美少女親父でもいいから、来てくれないだろうか。
――いや、妹は来ないか。今日、友達と遊んで来て、遅くなるって言っていたし。親父は親父で、休日出勤に行っているし。
つまり、これは⋯⋯マズイ状況だ。
 




