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不幸な松岡シリーズ

猫たちの挑戦状と鎮魂話

作者: 松岡良佑

 2025年7月21日。

 19年前に拾った2匹の猫の、最後の1匹が天に召された。

 2年半前には兄弟猫も逝ったので、この子が最後の子だった。


 猫の19歳は人間換算で92歳。

 2年半前の子は16歳で人間換算では80歳。


 人間換算で考えれば、逝くのも妥当な年齢だ。


 ……と割り切れればどんなに楽か。

 前の子の時も、今回の子のも涙が止まらない。

 すっかり死後硬直で硬くなってしまった体は冷たい。

 遺体を保冷材で冷やしているから当然だが、それとは違う命の温かみを全く感じない。


 だが、毛並みだけは違った。

 生前の感触が完全に残っている。


 19年前、たまたま通りかかった道で段ボールから顔を出していたこの子達。


「ニャー」


 聞こえて振り返ったが最後。

 目が合ってしまった。

 もう見捨てる事はできない、というか、虜になったと言っても良い。


 それにしても、こんなに可愛い子を捨てる人の心が分からない。

 どんなに事情があっても俺には捨てられない。


 そんな俺が家に持ち帰り、猫アレルギーと発覚しながら世話をし、仕事の関係とアレルギーで、どうしても自宅で飼えなくなり、実家に預けた。

 ちなみに家族で俺だけ猫アレルギーだ。

 何故だ!

 実家の親も見た瞬間からベタ惚れだったので世話を引き受けてもらい、俺も週1~2回は猫たちと遊んだ。


 ……と、そんな思い出深い子たちだった。

 19歳の誕生日が5月5日。

 その頃には足腰の筋肉が弱って、昔は楽々飛び乗っていた段差に乗れなくなり、2階へも行けなくなり、こたつ程度の高さも段差を作らないと登れなくなった。

 ただ、食欲はあるしたくさん甘える。

 頭を撫でれば、結構な力で押し返し、おねだりをする。


「こりゃ20歳は確実だな」


 そんな話をしていた矢先だったのだ。


 そして昨日。

 ペット葬儀会社に連絡し火葬車を呼び、骨を拾って弔う事になる。

 骨の半分は大好きだった庭に埋め、半分は我が松岡家の墓石に納骨される事になる。

 ペット葬儀にはいろいろあるが、これは最高に高いプランだが、思い出は金に換えられない。

 前の猫もそうだったが、満場一致でお骨まで拾うプランでやってもらった。


 それが当たり前だと誰もが思っていたからだ。

 だが――こんな事になるとは予想外だった――


 話変わって、昨日はどうやら今年最高の炎天下だったらしい。

 火葬車が家に到着し、ものすごく丁寧に供養の手順を説明し、火葬台に猫を乗せ、花や好きな餌を置いて最後の別れをする。

 俺は涙が止まらない。

 汚い話だが、鼻水もだ。

 だが、問題はそんな事ではない。


 スマホには熱中症アラートが表示されている。

 そもそも今年は超異常気象で5月からエアコンが必要なぐらい毎日が暑い。


(暑い!!)


 大量の汗が流れ落ち、涙と鼻水の化合物となる。

 炎天下での説明と悲しさなのか?

 前の猫は冬に亡くなったので、心中は悲しさ100%だったが、今回の心中は、悲しさと暑さの割合がせめぎ合う。


(これはアレだな!? 俺に『短編小説のネタにしろニャ!』と言っているんだな!?)


 やってやろうじゃないか!

 ……との思いでここまで書いた。


 だが本番はここからだった……。

 1時間と30分後。


「それでは火葬炉の蓋を開けさせて頂きます。火葬台は大変熱くなっているので、気を付けてください」


 バカン。

 そんな音と共に、骨となった子が現れた。

 ついでに猛烈な熱気も火葬炉から溢れ出た。

 炎天下と熱気でダブルパンチだ!


「それではご家族様。お骨を骨壺にお納め下さい」


 俺は最初に拾った飼い主として、一番近くに案内された。

 それ即ち、火葬炉のすぐ隣!


(熱い! そして暑い!)


 火葬炉の隣という灼熱地獄と、炎天下の灼熱地獄。

 流れ落ちる涙なのか汗なのか分からないモノが、火葬台に落ちては『ジュッ』と音を立てて蒸発する!


 俺は思った。

 不謹慎であるのは承知の上だ。


(せめて秋頃まで頑張って持ってくれれば……。いや、もう秋なんて季節は無いか)


 そんな我ら家族を、天空から2匹の子達は笑って見てくれているだろうか?

 短編小説のネタとして活かせるだろうか?


 そんな事を思いつつ、欠片一つ残さず、箸とハケで拾い上げ壺に収めた。


(これで終わりか……何だとッ!?)


 なんと葬儀会社の方が、拾い残しが無いか入念にチェックし、気が付かなかった小さな骨の破片を丁寧に拾ってくれる。

 その行き届いた配慮には涙と汗が止まらない。

 なお汗の配分が多いのは言うまでも無いだろう。


 その作業を見守ること1時間……は言い過ぎだが、体感それ位に感じた。

 俺はその間、炉の熱気と炎天下で黙って見てみた。


(コレはあの猫達が仕掛けてきた最後の勝負だな!? よぅし! 絶対ギブアップなどせんぞ! 拾い主の根性を舐めるなよッ!?)


 葬儀会社の方が箸を片付けた。


(これで終わりか……なッ!?)


 こんどはハケを取り出して、さらに入念に拾い残しが無いかチェックする。


(スマン猫よ。ギブアップだ……)


 それにしても葬儀会社の人も凄い。

 他人のペットの為にココまでしてくれるのか!

 見れば汗一つかいていない様に見えるのは、俺の意識が朦朧としていた所為だろうか?


「それでは、これで最後となります。骨壺を壺袋にお納めください」


「は、はい……熱っつ!?」


 熱気と、焼けた骨と、炎天下のお陰で、骨壺まで俺の精神力を試しに来やがる! 

 なるべく指先で壺を持ち上げ、でも落とさない様に熱さを我慢し袋に入れて蓋をする。

 終わった……。

 なかなか壮絶な戦いだったぜ……。


 猫たちよ。

 満足してくれたか?

 コレが俺の(情けない)根性と鎮魂話だ!


 この後は骨壺を仏壇に置いて、手を合わせた。

 別の長編小説『信長Take3』で、散々宗教組織と敵対する物語を書く者の行動とは思えないかもしれないが、人間、こういう時には手を合わせずにはいられない。


 猫よ。

 よい学びを得たよ。


 今回の件、いくつか話のネタに使えそうだ。

 もちろん、今回の暑さの話だけじゃなく、大切な者を失った感情の記憶を話のネタにする。

 それがオレ流の、19年()()()()()()、猫たちに対する供養と鎮魂話だ!


 天で見届けてくれよな!

また、あの世で会おう!

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