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第94話 傲然たる権威

 謁見の間、入り口。

 精巧な彫刻の施された豪華な大扉の前で、マーガレットたちは国王との謁見のために待機していた。

 大扉には国の象徴である薔薇や女神ファビオラーデ、獅子の猛り狂う姿が彫られおり、彫刻を観ていれば待機している時間もそう苦ではなかった。


 小走りでやって来た伝令が近くの騎士に何か伝えると、ついに重い大扉が開かれる。開かれたと同時に、扉の内側に待機していた豪華な服に身を包んだ中年の貴族の男性が、テノールのような重低音を響かせた。


「セルゲイ・フランツィスカ侯爵。長男イグナシオオラシオ・フランツィスカ侯爵令息。長女マーガレット・フランツィスカ侯爵令嬢の三名の謁見にございます」


 突然、力強い声で紹介されたマーガレットとイグナシオはビクリと身体を震わせた。二人は母・レイティスから、


 ●謁見の間へと入ったらキョロキョロせず、国王が良いというまで顔を上げないこと。

 ●どんなことがあっても驚いたり悲しんだり怒ったりしないで、弱みを見せないようにすること。


 と、厳しく言い聞かされていた。

 まあ、そう言った母は怒り限界突破で、そもそも城にも来ていないのだけど。


 マーガレットは目を伏せたまま、チラリと周囲を盗み見る。


 国王のいる玉座まで均等に並ぶ大理石の白い柱に、ラピスラズリを溶かしたような深青(しんせい)色の埃ひとつ落ちていない絨毯。


 通常の騎士たちよりも強固な鎧を付けた王直属の屈強な近衛騎士たちも整列し、近衛騎士たちはこちらを見ることなく、どこか遠くに視線を送っている。

 端には国王の臣下なのだろうか、貴族たちも控えており、値踏みするような視線を感じる。


 マーガレットは顔を伏せ、前を歩く父・セルゲイの足を頼りに歩いていくと、セルゲイが立ち止まって片足を突き、かしずいた。

 イグナシオとマーガレットも父に倣って片足を突いてかしずいてみせる。


 すると玉座から妙にねっとりとした視線が、マーガレットの頭部の辺りにチクチクと刺さった。その視線に違和感を感じていると、玉座から男性の声が降り注ぐ。


「ふむ。やはりフランツィスカの者は赤毛なのだな。面白いことだ……よい、(おもて)を上げよ」


 セルゲイは「国王陛下に拝謁いたします!」と、堂々とした声で呼びかけてから顔を上げる。イグナシオとマーガレットも呼びかけてから顔を上げた。


 豪華な玉座に腰掛けた男は、灰色の髪をかき上げ紫色の瞳で冷たくこちらを捉えていた。国王の両隣には、マーガレットに手を振っているゼファーと心配そうにイグナシオを見つめるルナリアの姿があった。


 あれ? マルガレタ様の姿はない。

 どうしたのだろう?


 マーガレットは改めて国王に目を向けた。

 国王にありがちな太めの体型ではなく、細身で歳は四十代後半といったところか、どこか渋めの大人の余裕を感じる。


 間違いない、この姿……。


 マーガレットは心の中で嘆いた。


 ああ、ついに国王(こいつ)に会ってしまった。


 この世界でマーガレットが一番会いたくなかった人物。

 ――それがこのエドワード国王だった。


 実は、エドワード国王は『恋ラバ』の『隠し攻略対象者』だ。

 ヒロインのアリスが国王の隠しルートに入ってしまうと、トゥルーでもバッドでもない、いわゆるメリーバッドエンドを強制的に迎えるしかない。

 そのエンディングの内容というのが、アリスに恋い焦がれた国王の乱心によって王族が皆殺しにされるという救いようのない結末なのである。

 ちなみにアヴェルの婚約者の私ももちろん死んでしまう(泣)


 隠しルートなので全ての攻略対象者のエンディングを見ていないと起こらないのだけど、私もアヴェルと婚約していないし、何がどうなるかわからないから油断しないようにしないと。




 マーガレットが恐ろしい未来に気を引き締めていると、赤毛の兄妹の登場に心躍ったらしいエドワード国王は尊大な口調で語り出す。


「ほう、二人ともレイティスにどことなく似ているな……やはり娘のほうが似ているか。ゼファーから話を聞いたかぎりでは、中身はレイティスではなくセルゲイに似ているようだが」


 そう言って国王は右口角を上げてニヤリと笑った。

 マーガレットは湿気のようなじっとりとまとわりつく視線を感じ、気分が悪くなる。


 うへぇ、お母様が国王を毛嫌いしていた意味がわかったかも。

 それに口を開いて早々にレイティスレイティスって……国王って本当にお母様に未練タラタラなのねえ。


 マーガレットをはじめ、セルゲイとイグナシオも呆れている中、国王は話を続けた。


「ではまず、我が息子ゼファーの婚約者となったマーガレット・フランツィスカに問おう」


 すると、控えていた臣下たちがざわつき始める。

 予定にない国王の言動に、マーガレットはすぐにセルゲイに目をやって意見を求めた。セルゲイは眉を潜めながら「答えるしかない」と小さく頷いている。

 それを確認したマーガレットは顔を上げて、透き通った声で返事をした。


「……はい」

「そなたはアヴェルと仲が良く、婚約する予定だったな……あれからマルガレタには冷たくあしらわれ、アヴェルは顔も見せてくれなくなった。困ったものだ」


 え、愚痴? ……まったく要点が見えてこない。

 それにそれって、国王の自業自得じゃないの?

 だって国王がマルガレタ様との約束を破って、私とゼファー殿下を王命で婚約させたから、こんな状況になったのにどうして私に愚痴を言うのだろう。


 ニヤついた国王は周囲の空気も読まずに、傲慢に言い放った。


「そなたはこの婚約を嫌だとは思わなかったのか?」


 何だろう、この私を試すような質問は……?

 答えによっては婚約解消もあり得るのかしら。

 正直な話、この質問に対して私は肯定も否定もしたくはない。


 だってこの国王、どちらを取っても嫌味ったらしく揚げ足を取ってくるのが見え見えなんだもの! お母様が弱みを見せるなって言った意味がやっとわかったわ。

 だったら――


 マーガレットは謁見の間に響き渡る大きな声で答えた。


「王命での婚約ですので私は断る立場にございません。もし陛下が王命を取り下げてくだされば、お答えできるかもしれません」

「それは王命を取り下げれば、婚約を解消するつもりということか?」

「それはわかりかねます……ただ、絶対に断れない状況にしながらその質問はずるいと思っただけです」

「………………」


 国王は刃のような鋭い眼差しで睨みつけ、八歳のマーガレットに無言の圧をかける。しかしマーガレットは毅然とした態度で国王を真っ直ぐに見据え、国王の威圧さえ跳ね返す威厳を放っていた。

 そのマーガレットの態度に、なぜか国王は吹き出した。


「フハっ、そのはねっかえり。やはりそなたはレイティスの娘だな。レイティスに誘いをこっぴどく断られた時を思い出した。ハハハッ」


 うぉい、うぉい。

 両子供の前でそういうこと言うんじゃないわよ。


 全身を震わせて笑い転げる国王を見ながら、国王だろうが容赦なく振るレイティスを想像してしまったマーガレットとセルゲイは肝を冷やしている。

 ちなみにイグナシオはというと、次は自分が国王に質問されるんじゃないかと気がかりで、人の心配どころではなかった。


 気を取り直したマーガレットは声を張り上げて話を続ける。


「私はゼファー殿下のことをよく存じませんので、答えようがないという理由もございます」


 この発言にすぐに反応したのはゼファーだ。

 国王の隣にいるゼファーは白い歯を覗かせて王子様スマイルを浮かべると、

「私のことはこれから好きになっていけばいいよ、マーガレット」

 と、マーガレットが好きになるのがあたり前と言わんばかりに自信満々に答えた。


 数日前にマーガレットが中庭で見た、今にも消えそうな落ち込んでいたゼファーとは別人のようである。


 マーガレットの返答に満足したらしいエドワード国王は、今度は視線をイグナシオに移し、少し強めに言い放った。


「次は『我が愛娘ルナリア』と婚約したイグナシオオラシオ・フランツィスカに問おう」


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