第91話 幕間〈ミュシャ・ヴァレンタインの思惑〉
「父上に頼んでマーガレット・フランツィスカ嬢と婚約した」
「……はい?」
入学祝賀パーティを終えた翌朝。
翡翠宮の門前でゼファーが開口一番に告げたのは、ミュシャの想像を遥かに超えた内容だった。
あまりのことにミュシャをはじめ、その場に居合わせた護衛騎士たちや門番も言葉を失っている。
え、マーガレット嬢ってシャルロッテ殿下のご友人の……?
確か、八歳だったかしら。
でも何でよりによってフランツィスカ家? いろいろと問題が出てくるでしょ。
絶賛脳内会議中のミュシャは値踏みするようなゼファーの視線に気付き、すぐに作り笑いを浮かべた。
「お、おめでとうございます。ゼファー殿下」
「……本当はめでたいなんて思ってないだろう?」
「ほほほ、めでたいというよりも驚きが勝ってしまって……どうしてマーガレット嬢なんです?」
「言いたいことはわかる。フランツィスカ家といえばお祖母様が軟禁事件を起こし、父上からの求婚を断った軍事貴族の公爵家。
そしてマーガレット嬢はアヴェルの将来の婚約者で、シャルが心を許す数少ない友人の、派手な赤毛の令嬢。私にとってはそれくらいの認識だった……。
でも昨晩、彼女と話す機会があってね。その時、僕は彼女に魅せられてしまった。僕の妻はマーガレット以外ありえないと、そう思ったんだ」
ゼファーの宝石のように美しい紫色の瞳が煌めき、恋する少女のようなとろみを帯びた表情になる。
まあ……こんなゼファー殿下は初めて見た。
ミュシャは不覚にも見惚れてしまった。
ミュシャがゼファーと初めて出会ったのは約十年前のことだ。
「ミュシャ、お前はゼファー殿下の学友として今日から一緒に学ぶこととなった。お母様を亡くしたばかりで落ち込んでいるゼファー殿下をお慰めして、仲良くなりなさい」
宰相である伯父のブッシュ・ベノワ公爵の紹介で、私とゼファー殿下は出会った。息子のいない伯父は妹の子である私をとても可愛がってくれている。
将来の王として有望なゼファー殿下の友人となることで地位を固め、ゆくゆくは宰相という役職を私に継がせたいと考えているようだ。
しかし、大変落ち込んでいると思われたゼファー殿下は自力で立ち直り、周囲に笑顔まで振りまいている。
私が抱いたゼファー殿下の第一印象は『薄情な王子様』だった。
共に学業を学ぶようになって数か月。
ゼファー殿下は何でもそつなくこなせる天才肌で、何でも上手くいくせいか、人にも物にも執着心は持っていないようだった。
唯一あるとすれば妹君のシャルロッテ殿下だけど、それもどこか義務感を感じる。
もちろん女性にも執着はない。
ゼファー殿下の年齢が二桁になると、娘を持つ貴族たちからの婚約の申し込みは毎日何百と届くようになった。
しかし、ゼファー殿下が婚約に興味を示すことは一度もなく、そのためか「ゼファー第二王子殿下は女性に興味がない」なんてウワサされることもしばしば……。
中には、側近の私が恋人なんてウワサもあった。
そんなウワサにも殿下は眉ひとつ動かさず、否定も肯定もすることなく、ただ笑っているだけ。
そのゼファー殿下が、たった一晩にして八歳の少女と婚約!?
お相手はマーガレット・フランツィスカ侯爵令嬢。
私も何度かお会いしたことがある。
マーガレット嬢は、ゼファー殿下の弟君のアヴェル殿下と近々婚約するともっぱらのウワサだった。なのに、弟の将来の婚約者を奪ってしまうなんて。
それほどの執着ぶり。
あんなに執着心のなかったゼファー殿下からは考えられない所業だ。
ふとミュシャは、今朝のフランツィスカの屋敷での帰り際を思い出す。
律儀にも見送りにきてくれたマーガレット嬢をぎゅっと抱きしめて離さないゼファー殿下と、逃げ腰のマーガレット嬢。
ゼファー殿下は気付いていないようだけど、マーガレット嬢はかなり困惑されていた。残念ながら好意はまったく持たれていないみたい。
普通の女性なら頬を染めて喜ぶだろうに、マーガレット嬢にはゼファー殿下の『賜物』が本当に効かないらしい。
暗殺事件の時といい、マーガレット嬢って本当に面白い子。
これから面白くなりそう♡
マーガレット嬢……いいえ、将来のマーガレット王妃様には、私の野望のためにも頑張ってもらわなきゃ、ね。




