第86話 狂った歯車②
夏の終わり。
もうすぐ秋ということもあり、箱庭にはひんやりとした風が吹いている。
かくれんぼの鬼のルナリアは、身震いした身体をさすりながら兄たちを探す。
すでに箱庭の西側の山ではアヴェルを、東側の城ではシャルロッテを見つけ出している。
ルナリアは最後のひとりであるマーガレットを見つけるために、まだ探していない池へとやって来た。
ちなみに捕まえた二人は、女神のモニュメントを檻に見立てて閉じ込めてある。
この池は箱庭でいうところの奥の部分で見渡しが良く、隠れる場所もないため、かくれんぼとしては不向きな地形だ。
箱庭の地形を理解している王族の三人にとっては一番ありえない隠れ場所で、まず行かない。その心理が結果的に池を隠れスポットにしたらしい。
ルナリアが池周辺にたどり着くと、その見晴らしの良さからすぐに人影を発見した。
「あ、マーお姉様。み~~~っけた! ……あれ、もうひとり?」
ルナリアが見つけた人影はひとりだけの影ではなく、影は小さな影と大きな影に分裂した。分裂した大きな影の正体が兄のゼファーだと気付いたルナリアは、二人のもとへと小走りで駆けていく。
「ゼファーお兄様も隠れていたのですか?」
「やあルナリア。私も見つかってしまったようだ。シャルとアヴェルも見つかったのかい?」
「はい、二人とも檻に入れてあります」
「ははは、そうか檻か。ルナリアはかくれんぼの天才だ。でも、そろそろパーティに戻らなくてはね。私たち王族は皆に挨拶をしなくてはならないよ」
「はい、わかりました。ゼファーお兄様」
ルナリアに向けていた笑顔を、ゼファーは今度はマーガレットへと向けた。
さっきまでの心の不調が嘘のように、ゼファーはマーガレットに子供のように無邪気に笑いかけ、そっと手を握る。
「マーガレット嬢、君のおかげで僕に足りないものがはっきりとわかった気がするよ……今さらだが、君とならかくれんぼも悪くなさそうだ」
「それは光栄です。では今度はルナリアやアヴィ、シャルロッテと一緒に遊びましょう」
「ん。ん-、そうだね。それじゃあ、やらなければいけないこともできたし、僕は先にパーティに戻るよ。また明日」
「はい、また…………あした?」
ダンスホールへと軽やかに戻るゼファーの背中を見送りつつ、マーガレットは首を傾げる。
明日はゼファー殿下と会う予定なんてなかったはずだけど……そんなにかくれんぼがしたいのかしら?
マーガレットはポカンと口を開けたルナリアに気付き、たまらず声を掛けた。
「どうしたの、ルナリア?」
「……いえ、ゼファーお兄様が家族以外の方に自分から触れるところを初めて見ました。それに、あんな楽しそうな顔のお兄様は初めてで……」
「ふーん? シャルロッテのことをたくさん話したし、シャルロッテの友人として認められたのかしら。少しは気が晴れたのかもしれないわね、よかった」
「え? 何がですかマーお姉様」
「ううん、何でもない。それより、私たちもそろそろ戻りましょうか」
マーガレットとルナリアは檻に入ったアヴェルとシャルロッテと合流して、何事もなかったようにパーティに戻った。
そうしてゼファーの入学祝賀パーティは、王家の挨拶でつつがなく閉幕した。
★☆★☆★
パーティが終了したダンスホールは、使用人たちが総出で片づけをしている。
ゼファーは二階のバルコニーの席からダンスホールを眺めて考え込んでいた。
若いメイドたちは王子がこちらを見つめているとあって、
「もしや私たちの中にお気に召した者が!?」
「もしかして私?」
などと、浮き足だっている者もいたようだ。
しかしゼファーがダンスホールを去ったことで、そんなメイドたちの夢物語は終わりを告げ、現実に戻った彼女たちはテキパキと仕事をこなして、早く疲れた身体を休めたいと夢見始める。
―カツン、カツン。
王城の外廊下は無駄に広く、石畳の床は足音がよく響く。
パーティ中にこっそり抜け出したことがバレてしまったゼファーは、彼の右腕であり、よき理解者でもあるミュシャ・ヴァレンタインにすっかり監視されていた。
カツン、カツン―――ザッザッザッザッ。
少し離れて後を追うように聞こえてくる音が煩わしくなったゼファーは、後ろを振り返った。
振り返った先には、ミュシャと護衛騎士たちがゾロゾロと付いてきていた。
「はあ、ミュシャ。もう私は大丈夫だから君も休んでくれ。もちろん、護衛の君たちもだ」
「あら、この前暗殺されかけたというのにパーティを抜け出して、私たちがどれだけ心配したかわかっていますの? よよよ……」
「それについては本当にすまないと」
「ですので、これからしばらくは殿下の寝室まで見送らせていただきますわ」
「……わかった。明日からはそれでいい。しかし、今日は用事があるのでここで解散としてくれないか?」
ゼファーから確固とした意志を感じたミュシャは、とぼけた態度を演じながら主が隠している真意を探る。
「あらぁ、こんな遅くにどちらに向かわれるのですか? もし重要な何かをお決めになるおつもりなら、私にもお話しくださいな」
「……重要ではあるが、ここは私にまかせてほしい。考えがある」
「かしこまりました。ゼファー殿下がそこまでおっしゃるのなら……というか、ここから先は私たちは無闇に入れませんものね」
「ああ、寝所の護衛を残して今日はもうゆっくり休んでくれ。それと、明日は早朝から動く」
「かしこまりました。殿下、おやすみなさいませ」
ミュシャと護衛たちが下がるのを見届けたゼファーは、ローゼンブルク城の後方に建っている金剛宮と呼ばれる強固な建物に到着した。
重厚感のある扉を屈強な騎士たちが四人がかりで開ける。
この場所は、身分の高い者でもそう簡単に入ることを許されない領域。
王子であるゼファーさえ、身体検査をしなければ入場を許されない。
騎士に案内され目的の場所へと向かいながら、ゼファーは箱庭でのことを思い出していた。
心にずっと物足りなさを感じていた。
そんな僕に足りないもの。
僕の心を埋めてくれる人。
それは……。
瞬間、彼女と楽しそうに笑い合うアヴェルの姿が頭をよぎる。
しかし、それはガラスのように簡単に、粉々に砕け散った。
人のものなんて、ましてや弟のものなんて欲しがるつもりはなかったのに……。
―――ごめん、アヴェル。
目的の場所に着いたゼファーは中へと入る。
「失礼いたします、国王陛下」
そこは国王の書斎。
突然やってきた息子を歓迎した国王に、息子はある要望と提案を持ちかけた。
お読みいただきありがとうございます。
次は――
パーティの翌日。
早朝から、フランツィスカの屋敷にある人物が訪ねてきます。
その人物が告げたある事実に、皆は驚愕し……。
マーガレットの運命が変わる重大な何かが動き出します。
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