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第82話 加速する恋心

「これがお城のダンスホール!」


 自分の顔も映りそうなほど磨かれた大理石の床。

 金であしらわれた美しい細工の装飾品。

 この場所を彩るすべてが、息を飲むほど華やかかつ豪華。

 ゲームの中で何度も目にした光景が、画面越しではなく現実に広がっていた。


 ローゼンブルク城のダンスホール。

 ここはゲームのラストイベントを飾る、恋ラバファンにとってはまさに聖地と呼ぶべき場所。


 今回はゼファー殿下の入学祝賀パーティという大規模なパーティのため、招待客が非常に多い。そのため、クレイグやターニャは馬車でお留守番となった。

 つまり、今ならお目付け役のクレイグの目もないし、ダンスホールの隅から隅まで見て回って聖地を堪能できるということよね、ニヤリ。


 あ! あの壇上の玉座のあたりでアヴェルがヒロインのアリスを庇って、その階段の下のあたりでマーガレットがひとり淋しく断罪されるのよね。

 あれ…………それってつまり、うまくいかなかったら私はここで断罪されて幽閉ってことじゃない!


 その途端、マーガレットの胸の高鳴りは一気に冷め、気付くと浮かない顔でため息を吐いていた。そんなマーガレットを観察していたある人物は、呆れた様子で話しかける。


「もう、マーガレットったら一人で嬉しそうに駆け出したと思ったら、急に暗い顔をして一体どうしたのです?」

「あ、シャルロッテ。見てたの? あはは。ちょっと嫌なことを思い出して途方に暮れていただけよ」

「思い出したって……マーガレットは、ここには初めて見えたのではなくて?」

「え、あ……そうなんだけど、そ、想像で何度も訪れていたから……あはは」


 疑いの目を向けているシャルロッテから、マーガレットは視線を逸らす。

 逸らした視線の先には、うら若き令嬢にたちに囲まれた輝かしいホワイトゴールドの髪の美青年が笑みを浮かべていた。

 シャルロッテの兄で本日のパーティの主役である、ゼファー第二王子殿下だ。


 (きら)びやかなゼファーを囲んでいる令嬢たちは、我先にと他の令嬢を押しのけてでもゼファーの目にとまろうと必死だ。ライバルを蹴落としてでも勝つという気合いが、離れたこちらまで伝わってくる。

 外側から見ているとなかなかに恐ろしい光景だ。


 まあ、将来の国王第一候補ですものね。

 結婚出来たら王妃様ですもの。

 そりゃ、みんな目の色変わるわ。


 マーガレットの視線の先に気付いたシャルロッテは、呆れたように呟いた。


「お兄様って令嬢たちのお誘いを断るのが上手なの。毎日すごい数の婚約の申し込みが届くのに、まったく興味がないのです。婚約者がいなければ、王太子にもなれないのにどうするつもりなのかしら」

「シャルロッテはゼファー殿下に王太子になってほしいの?」

「もちろんっ。王太子って将来の国王になる人のことなのでしょう? だったらワタクシのお兄様が一番似合うに決まっているもの」


 シャルロッテは両手を腰に当て、自信満々のポーズで言い切った。

 ゲームでアヴェルが王太子になることを知っているマーガレットは少々いたたまれない気持ちになったが、小さな声で「そうね」と合意するにとどめた。




「あ、マーガレット。どうやらお迎えが来たみたいですよ」


 にんまりとした生温かい笑みを浮かべたシャルロッテは、マーガレットの背後に視線を送る。

 マーガレットが振り返ると、手を後ろで組んで気恥ずかしそうにモジモジしているアヴェルが立っていた。


「マー、そろそろ時間だよ」


 今回の祝賀パーティの開幕は、子供たちのダンスから始まる。

 第三王子のアヴェルと踊るマーガレットたちのペアは、一番の注目度でダンスホールの中心で踊ることになっている。


 もうあと五分ほどでパーティ開幕の時間だ。

 音楽を奏でる楽団員も席に着き、ダンスホールはいつの間にか着飾った貴族たちであふれていた。


 マーガレットはアヴェルの手を取ると、シャルロッテに挨拶をすませてホールの中心へと向かう。

 マーガレットは気付かなかったが、シャルロッテは「頑張って」の応援の意を込めてアヴェルの背中をそっと押した。


 今日のためにたくさんワタクシと練習をしたのだから、そんなに気負う必要はないのです。


 姉の手はそう言っているとアヴェルにも伝わり、曇っていたアヴェルの表情は少しだけ晴れ渡った。



 姉のシャルロッテから温かな後押しを受け取ったアヴェルは、繋いだ手の温もりを感じながら大好きなマーガレットを遠慮がちにチラリと盗み見る。


 シルクのアイボリーのドレスはマーガレットの陶器のような白肌によく合い、スリットから覗く足は大人びて見えてアヴェルの心をドギマギさせた。

 真っ直ぐ前を見ていたマーガレットだったが、アヴェルの視線を感じたのか楽しそうに口を開く。


「アヴィとこうして踊るのは初めてね」

「うん。そうだね、マーガレット」

「心配しなくたってきちんと踊るわよ。私だって今日のためにいっぱい練習したんだから」

「え、そうなの?」


 ダンスホールの中心にたどり着いた二人は足を止めて向き合い、両手をつなぐ。

 マーガレットは目の前のアヴェルを見据えながら、凛とした面持ちで話を続けた。


「だって今日のアヴィが緊張しているのってこのダンスのせいなんでしょ? 今日会ってから、アヴィったらずっと引きつった顔をしているじゃない」


 ふいにマーガレットの右手がアヴェルの手からするりと離れ、アヴェルのシフォンケーキのように柔らかな左頬をぷにっと押した。


「注目されているから緊張するのもわかるわ。でもダンスってひとりで踊るものではないでしょ。私もいるのだから大丈夫よ、まんがいち失敗したって気にしないで楽しみましょう」


 ニヤっとイタズラっ子のように笑ったマーガレットに、アヴェルは驚き目を丸くする。

 

 アヴェルが緊張している理由は、マーガレットが言うように注目されていることが理由ではなかった。

 年末にマーガレットにプロポーズした際に踊るダンスが心配で、その予行練習ともいえる今日のダンスに緊張しているだけなのである。

 そんなことは格好悪くて口が裂けても言えないアヴェルだったが、マーガレットからの励ましで些細なこととなった。


 ああ、そうだ。

 大好きなマーと一緒に踊るのだから何も怖くなんてないさ、楽しもう!


 その瞬間、アヴェルの心を覆っていた緊張の雲は消え、ようやくいつものアヴェルに戻った。

 アヴェルの顔からは自然と笑みがこぼれる。


「ふふ、マーも練習しただろうけど僕だって練習したんだよ。マーが失敗しそうになったら僕が助けてあげるから安心して……それと、今日のマーガレットはとってもきれいだ。まるで物語の中の妖精姫みたい」


 すると、アヴェルは自分の頬に触れていたマーガレットの右手を優しく握って、手の甲にそっと口づけた。


「んなっ! ちょちょっ、アヴィ!?」


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