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第81話 ターニャの秘密の夢

 残暑の残るよく晴れた午後。フランツィスカの屋敷にて。

 

 満面の笑みを浮かべたターニャはどこか暑苦しく、クレイグはより一層うっとうしさを感じていた。

 それというのも、ターニャの顔は朝からずっと笑顔を保っており、マーガレットに「どうしたの?」と訊かれても「えへへへ」と笑うばかりで、理由は誰にも教えてくれないのだった。


 今日は、ゼファー殿下のローゼル学園入学祝賀パーティの日だ。

 クレイグとターニャは、ようやく届いたパーティ用のドレスを受け取って、マーガレットの部屋へと向かい廊下を足早に歩いていた。


 するとタイミングをうかがっていたターニャが、クレイグに向かって悪戯(いたずら)っぽく笑って口を開く。


「あたしね、最近よく見る夢があるの。その夢はだんだんお話が進んでいって、今日やっとその意味がわかったんだー」

「……へぇ」


 それがターニャの機嫌が良い理由だとすぐに見当がついたクレイグだったが、何やら嫌な予感がして素っ気ない返事ですました。

 しかし、元気いっぱいのターニャはお構いなしに話を続ける。


「その夢でね、大人になったマーお嬢様とあたしはどこかのお屋敷のお庭の木の下でシートを敷いてお茶を飲んでるの」

「それはまた、優雅な夢ですね」

「そしたら、にゃんコフを連れたお嬢様にそっくりな女の子が現れて、その子が『おとうさま』って抱きつくのはね、なんとなんと……大きくなったクレイグなんだよ!」

「それはまた…………ありえない夢ですね」


 素っ気なく言いながらも、歩みを進めていたクレイグの足は止まっていた。


 僕とお嬢様の子供?

 そんな、ありえない……そんな馬鹿な夢をターニャはなぜ楽しそうに語るのか。


「あたしね、これ正夢だと思うの!」


 ひとつの曇りもない透き通った瞳で、ターニャはクレイグに宣言した。


 これまでターニャとは、マーガレットお嬢様のことでいろいろと争ってきた。

 あれだけ敵視してきて何を今さら……。


 怒りと同時に呆れた気持ちも生まれたクレイグは「なぜ?」と冷たく言い放つ。

 ターニャは真っ直ぐな瞳でクレイグを見つめると、声を落として語り始めた。


「あたしね、一回聞いちゃったんだ。お嬢様を驚かせようとこっそり近付いた時、お嬢様が『アヴェル殿下とうまく婚約解消できたら、そのあとはどうしよう』って言ってるところ。だからお嬢様はアヴェル殿下とは仲良しだけど、結婚相手とは違うのかなって」

「お嬢様は小説をお書きになるから、現実と小説で混ざってしまっているだけじゃないんですか? ……そもそもお二人が生まれる前から奥様とマルガレタ妃殿下が決めていた結婚ですし、今さら変わることなんてないでしょう」

「ん―――、でも」

「さあ、もう無駄話は終わりにして」


 会話を切り上げようとクレイグが歩き出すと、その行く手を遮るようにターニャはクレイグの前に立ちふさがる。


「でもでもっ、クレイグだってマーお嬢様のこと大好きでしょ?」


 ターニャの発した「大好き」という言葉に、少々戸惑いを示したクレイグは言葉を失う。


 ご主人様なのだから従者として慕うのは当たり前、そう言いたかったはずなのに……。


 無言のクレイグにターニャはさらに続けた。


「あたし知ってるんだからね。クレイグがグリンフィルド騎士団長からの騎士見習いの誘いを断って、マーお嬢様の傍にいることを選んだの!」

「ターニャ! そのことは、絶対にお嬢様に言わないでください」

「え、でも」


 声を荒げたクレイグに、ターニャは怯んだ。


「これは僕が選んだ道であってお嬢様には関係のないことです。お願いですから、お嬢様には黙っていてください」


 そう言ったクレイグの顔は優しさに満ちあふれていて、マーガレットのことを大好きだと言っているようなものだとターニャにも理解できた。

 しかしクレイグの真剣な態度に、流石のターニャもそれ以上追及することは(はばか)られ、ふぅとため息を吐く。


「はぁ~あ。マーお嬢様がアヴェル殿下と結婚したら、あたしは付いていけないかもしれないけど、クレイグとの結婚ならずーっとマーお嬢様の傍にいられると思ったんだけどなぁ」

「はぁ!? 結局はターニャがお嬢様の傍にいたいっていう望みじゃないですか!」


 ぷりぷり怒っているクレイグと、秘密の夢を語ってすっきりしたターニャはマーガレットの部屋へとたどり着いた。




 二人はさっそくドレスアップに取りかかる。

 今回のドレスはレイティスの意向が反映されており、修正に修正を重ねた結果ギリギリの完成となった。

 色はアイボリーで、肩はレースをあしらっていて少々大人っぽいドレスである。

 アヴェルとのダンスが失敗しないようにという、レイティスの気遣いなのだろう。踊りやすいようにと、スカートにスリットが入っているのも特徴的だ。

 髪型はポニーテールにして可愛らしい蝶の銀細工を飾れば……


 ――まるで屋敷に迷い込んだ、美しい妖精のよう。


 そう思ったクレイグは生唾(なまつば)とともにゴクリと言葉を飲み込む。

 クレイグの心のうちなど知らないマーガレットは、姿見鏡の前でくるくると華麗に回って見せる。


「どうかしら? クレイグ、ターニャ」

「うん、マーお嬢様。お姫様みたいにとっても素敵」

「ふふ、ありがとターニャ……クレイグはどう?」

「……えと、アヴェル殿下もお喜びになると思います」

「ええ? もう、どうしてアヴィが喜ぶのよ。クレイグったら変なこと言うんだから」


 手で口元を押さえたクレイグは、つい口から出てしまった自分の言葉を恨んだ。

 マーガレットの美しいドレス姿を見ているとなぜだか、幸せそうに微笑み合うマーガレットとアヴェルの仲睦まじい様子が勝手に浮かんでしまうのだ。


 アヴェル殿下がマーガレットお嬢様のことを好いているのは、傍にいればヒシヒシと伝わってくる。

 アヴェル殿下はお嬢様のことを大切にしてくださると思うのに……ターニャが僕と結婚するなんておかしなことを言い出したから。


 クレイグの調子はおおいに狂っていた。


 頭では二人の将来を理解しているはずなのに、それでもなぜか「アヴェル殿下はお嬢様のことを慕っているから」という言葉は喉のあたりでつっかえて、声に出すことはできなかった。


 やがてメイドがアヴェルの迎えの馬車が来たと伝えにきて、マーガレットは意気揚々と玄関ホールへと向かう。



 しかしこの日。

 マーガレットは自分がしたことを後悔せずにはいられなくなることを、まだ知らない。


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