表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/162

第8話 レッスン

 整備された美しい庭園、裏手の馬小屋、石鹸(せっけん)香る洗濯物干し場、忙しそうな調理場と回る場所は限られていたが、六歳の小さな二人には屋敷内を走り回るだけで冒険だった。


 この屋敷はフランツィスカ家の王都での住まいで、本邸は王都ローゼンブルクから北西のフランツィスカ領にあり、本邸には公爵(こうしゃく)のお祖父様(じいさま)が住んでいる。

 王都での仕事はいろいろと面倒なので、お祖父様は婿入りしたお父様に仕事を任せて、さっさと私領(しりょう)に引っ込んでしまった。




 マーガレットとクレイグは庭園のベンチに腰掛けてひと休み中だ。


 クレイグと何かお話ししたいけど両親はいないと言っていたし、あまり突っ込んだことは聞かないほうがよさそうよね。何か話題は……あ、そうだわ。


「ねぇ、クレイグは字が書けるの?」

「え、はい。従者になるためにひと通りのことは勉強したので書けますけど」

「っ⁉ ……あのね、ちょっとだけ私に字の書き方を教えてほしいの」


 クレイグは「なぜ?」と不思議そうな表情でこちらを見つめている。


 そうよね、侯爵令嬢(こうしゃくれいじょう)の私が字を書けないなんて思ってもみないわよね……不勉強でごめんなさい、うう。


 マーガレットは(うつむ)くと、両手をぐっと握りしめ恥ずかしそうにクレイグに告げた。


「実は私、家庭教師の先生をみんな追い返してしまって、そのぅ」

「……マーガレットお嬢様は文字を書くのが苦手ということですね」

「そうなの! にが、てだったんだけどいろいろあって、私、今すぐにでも読み書きができるようになりたくなって」

「ふむ、分かりました。それでは」


 クレイグはベンチから降りて近くに落ちていた小枝を拾うと、地面に字を書き始める。地面には前世の記憶にはない見たことのない文字が並んでいく。マーガレットもベンチから立ってクレイグの隣に駆け寄った。


「お嬢様の名前です」

「これでマーガレット?」

「はい」

「わあぁ……ねぇねぇ、じゃあクレイグってどう書くの?」

「それでしたら」


 クレイグが小枝を地面に立てて書こうとすると、突然地面に影ができ暗くなった。



「何してるんだマーガレット」


 二人が見上げた先にはマーガレットの兄のイグナシオが仁王(におう)立ちしていて、にやにやしながらこちらを見下ろしていた。


 うげ⁉ イグナシオ。

 なるべく関わり合いになりたくないのにまた現れた。


 イグナシオの少し後ろには、従者のサイラスが控えていて申し訳なさそうにこちらに会釈する。イグナシオは冷めた目つきでクレイグを指差した。


「そいつは誰だ?」

「……私の従者になったクレイグです」

「お前に従者だと? フッ、笑わせるなよ。お前に従者なんて、マーガレットのクセに生意気だ」


 ムッ、生意気も何もお父様が私にと連れてきてくれたのだけど。

 あ、でも本当はイグナシオの従者になるはずだったんだっけ。


 兄妹の(にら)み合いを観察していたクレイグは、マーガレットとイグナシオの微妙な関係を感じ取っていた。そしてこの人物こそが、本来クレイグが仕えるべき人物だったことに心底驚いた。


 旦那(だんな)様とは似ていないんだな。マーガレットお嬢様の方が似ている。


「ん、字? ふはははは。もしかしてお前、字を教えてもらっていたのか……従者から! ぷぷっ、(あき)れてしまうよ。字もろくに書けないクセに貴族がどうとか昨日はよくも言えたものだ。どれ」


 イグナシオは(ゆが)んだ笑みを浮かべながら地面にサラサラと字を書き始めた。十一歳のイグナシオはマーガレットと違って字が書けるようだ。


「悔しかったら返してみろ! ほれっ」


 と、イグナシオは持っていた枝をマーガレットの足元へと投げた。



 何て書いてあるのだろう。

 残念ながらイグナシオが書いた字で私が読める箇所は、さっきクレイグが教えてくれた『マーガレット』という字だけ。

 それ以外は分からないけど、イグナシオのニヤけ顔からして馬鹿にされているのは間違いない。

 隣にいるクレイグが何か伝えようとするが、すぐにイグナシオが止めに入る。


「おい、従者に読ませるのはナシだぞ。貴族らしく『正々堂々』とな」


 これは……昨日私がイグナシオを()()()()()()()って言ったことを相当根に持っているわね。

 うーん、字が読めない私だけど、このまま何もせずに降参なんてまっぴらごめんだし、う――ん。


 (うな)りながらマーガレットは手に取った枝で、マル(〇)描いてチョン(・)、マル(〇)描いてチョン(・)と目をふたつ(⦿ ⦿)描き、目の下に舌の絵を描いて『あっかんべー』した人間の落書きを描いた。


 前世の子供の頃ってこういう落書きをよく描いてたなぁ。

 あはは……おふざけはこの辺にして、そろそろちゃんとイグナシオに返さな……


「ッ! お前」


 マーガレットの落書きを見たイグナシオは、顔を真っ赤にして怒り狂いながら右手の(こぶし)をマーガレットに振り上げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ