第79話 プロポーズ大作戦
「それでは、マーガレットプロポーズ大作戦の極秘会議を始めます」
そこはフランツィスカの屋敷の最奥にある、人の寄り付かない部屋。
レイティス、マルガレタ、そしてアヴェルの三人は丸テーブルを囲んで、ひっそりと会議を行っていた。『プロポーズ大作戦』などとふざけた名前のようだが、三人のまなざしは真剣だ。
マーガレットの母のレイティスは、丸テーブルの上で指を組んで仰々しく話し出した。
「四か月後に迫ったマーガレットの九歳の誕生日。この日にアヴェル様はマーガレットにプロポーズをするということで、問題はありませんね」
「もちろんです。ただひとつ気がかりなのは……マーの小説を読んだのですが、その、マーは王子と婚約といえば婚約破棄と思っているみたいなのです!」
「ええ、それは私も把握しておりますわ」
「だから、その……かっこよくプロポーズして、マーガレットに僕と結婚したいと思ってもらいたいのです」
アヴェルのその言葉に嘘偽りはない。
意気込むアヴェルを幸せそうに見守っているのは、アヴェルの母であり、ローゼンブルク王国の第二側妃であるマルガレタだ。
マルガレタはにこにこと笑いながら二人の気合の入った会議に加わる。
「ふふ、レイティス聞いて。アヴィったらね、プロポーズしたあとのダンスでマーガレットちゃんをリードできるようにって、シャルロッテ様に手伝ってもらって、ダンスの練習をしているのよ。可愛いでしょ」
「あ、お母様。そういうことを勝手に言わないで。恥ずかしいです」
「あら、恥ずかしがることはないわ。アヴィの努力はとっても誇らしいものですもの。マーガレットちゃんだって、知ったらきっと喜んでくれるわ」
「だ、だめ! ……マーガレットは喜んでくれるとは思うけど、努力は見せないほうがかっこいいんです」
「好きな子には格好つけたいお年頃なのかしら。私のアヴィったらかわいい♡」
「もうお母様ったら、僕はもう赤ちゃんじゃないんですから抱きつかないでください」
「うふふ、いいじゃない」
アヴェルとマルガレタの微笑ましい親子のスキンシップを眺めながら、レイティスはため息を吐いた。
アヴェル様の涙ぐましい努力と本心が、マーガレットに伝わるといいのだけど……。
アヴェル様からプロポーズをされたら、おそらくあの子は断ることはないだろう。ただし、それはアヴェル様に恋心を抱いているからではない。
生まれた時からアヴェル様と結婚すると言われ続けたあの子は、アヴェル様と婚約するのが当たり前だと思っている。
おそらく、あの子の中にプロポーズを断るという選択肢自体が存在していない。
将来結婚すると洗脳するような形にしたのは私とマルガレタなのだけれど、できれば二人には相思相愛になって幸せな結婚をしてほしい。
しかし、レイティスには気にかかることがあった。
それはこっそり読んだマーガレットの自作小説の内容に起因する。
マーガレットの小説に登場する王子と婚約者は、高確率で婚約破棄してしまう運命にあるのだ。婚約破棄はマーガレットの本音なのではと、つい勘繰ってしまうレイティスなのであった。
ようやく母の抱擁から逃れたアヴェルは、レイティスに申し訳なさそうに話しかけた。
「ぷはっ。それでですね、来月のゼファー兄上の学園入学祝賀パーティにマーガレットと参加したいと思っているのです……実は兄上にダンスに自信がないと相談したら、祝賀パーティには貴族の子供たちもたくさん招待していて、子供たちのダンスの席もあるから慣れるために踊ってみたらどうかとアドバイスをもらったのです」
「それは良い案ですね。もともとマーガレットも参加する予定でしたし、あの子にダンスの練習をさせる良い口実になりますわ」
実はこの時、部屋の扉の前で三人の会話を盗み聞きしている二人組がいた。
気付かれないようにゆっくりと扉を閉めると、二人は足音を立てないように絨毯の敷いてある廊下の床を、抜き足差し足で歩いていく。
廊下の突き当りを過ぎて扉から見えなくなったところで、マーガレットの兄イグナシオは従者のサイラスに声をかけた。
「よしサイラス、もういいぞ」
「イグナシオ様、人の会話を盗み聞きするなんて盗人のような真似をしては」
「いけませんって言うんだろ? わかっている。だが、あの三人が何かワケありな様子でコソコソしていたから、ついな。まあ理由はどうってことないマーガレットへのプロポーズの話だったが……二人が結婚するのは昔から決まっているのに、何を今さら悩むことがあるんだか」
「それは……やっぱりプロポーズは一生に一度のことですから、素晴らしいものにしたいと思うものなのではないですか?」
「……へぇ、サイラスでもそんなことを思うのか。何だ、もしかしてお前、好きな人でもいるのか? にやにや」
「え! いいえ、好きな人なんて……そんな大袈裟なものではないですけど」
と否定しつつも、サイラスは照れ隠しに満面の笑みを浮かべている。
これは好きな人がいると言っているようなものだ。
サイラスの環境を考えると、よく顔を合わせる女性は……。
「メイドか?」
「いえ、違います」
「ん……まさか、マーガレット? やめておけ、あんな何をやらかすかわからん妹」
「そうです妹です! 僕の可愛いナタリー」
「……は?」
「もし妹のナタリーがプロポーズされるなら、悲しいですけど兄としては素敵な思い出にしてあげたいって思うじゃないですか。あぁ――~もぅ、僕がプロポーズできないのが本っ当に悔しい!」
とんでもない早口で語り出したサイラスに、イグナシオは面倒くさそうにため息を吐いた。
「あーそうだった、お前はそういう奴だった……まだ二歳と少しの赤ん坊にプロポーズも思い出もないだろうに」
「むっ……言っておきますが、たとえイグナシオ様がプロポーズして父が許したとしても、僕は認めませんからね」
「どうして俺がお前の妹にプロポーズすることになるんだ」
従者サイラスに詰め寄られたイグナシオは、その圧から逃れるため歩き出した。サイラスもあとに続く。
ふとイグナシオの脳裏にプロポーズのために必死になるアヴェルの顔が浮かび、イグナシオは窓から空を見上げる。
「俺には婚約のために労力を注ぐ気持ちもわからないし、できれば結婚なんて一生したくないがな」
「でも、いつかはイグナシオ様もフランツィスカ家嫡男としてご結婚なさるのでしょう? 確かいくつかお話がきていると」
「あー、その話はやめろ。気が重くなる」
「……わかりました。あの、ところでどこに向かっているんです?」
その質問を待ってましたとばかりに、イグナシオはニヤリと笑った。
「もうすぐプロポーズされて逃げられなくなる、可哀相な愚妹に会いに行こうと思ってな」
その愉悦に満ちた笑い方から、サイラスもマーガレットの部屋だろうと予想はできていた。
イグナシオ様も妹のマーガレット様のことになるとニヤニヤしていて、人のこと言えないと思うけど……。
と、サイラスは心の中で思うのだった。
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この世界での入学の時期は、九月ごろの設定です。