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第78話 第1部まとめ 『ある日のマーガレット』

 私の名前はマーガレット・フランツィスカ。

 派手な赤毛の侯爵令嬢。


 今はすっかり落ち着いたけれど、二年ほど前、私は前世の記憶を取り戻した。


 その記憶によると、この世界は『恋ラバ』と呼ばれる乙女ゲームの世界で、私は幼馴染みで婚約者のアヴェル第二王子から婚約破棄を言い渡されて、幽閉される悪役令嬢らしい。

 しかもほとんどのエンディングで、脚本家(シナリオライター)悪戯(いたずら)鬱憤(うっぷん)か……物のついでみたいに幽閉される運命にあるのだ。


 ということで、私は幽閉エンドを避けるために六歳から奮闘したのだけど、誘拐犯に捕まったり神殿崩壊事件に巻き込まれたりと、まあいろいろありました。



「お嬢様、お茶のおかわりはいかがですか?」

「あ、いただくわ。ありがとうクレイグ」


 ソファに座る私にお茶のおかわりを尋ねた少年の名は、クレイグ。

 涅色(くりいろ)の髪と真紅の瞳が特徴的な私の従者で、年は私と同じ八歳だ。

 賊に家族を殺され孤児となったクレイグは、父のすすめで私の従者になった。


 クールなクレイグだけど私のことをよく見ていて、私が何かを恐れていることに気付いてくれている。

 私のことを『守る』なんて言ってくれたりして、私のとっても頼れる従者だ。


 マーガレットは自然とこぼれる笑みを隠すように紅茶に口を付ける。


「あっつ‼」

「お嬢様!? 大丈夫ですか、気を付けてと何度言ったら」


 そう怒りながらも、クレイグはマーガレットの口周りをタオルで拭き始めた。

 ちょっぴりそそっかしい私はいつもクレイグに助けられ、そして叱られている。

 すると拭いたタオルがマーガレットの耳に引っかかる。


「あっ! すみません、ピアスがタオルに引っかかってしまいました」

「え!? 大丈夫、取れそう?」

「はい……ちょっと待ってくださいね。えっと……」


 赤紫色にキラリと輝くこのピアスは『レッドベリル』というフランツィスカ家に代々伝わる宝石で、七歳の誕生日にお祖父様から贈られたものだ。


 お祖父様が言うには、このピアスを好きな相手に送ったフランツィスカのご先祖様たちは、みな恋が成就したらしい。

 私もいつか、このレッドベリルを好きな人に渡す日がくるのかしら……。

 なぁーんて、その前に幽閉エンドを回避しないと恋の成就どころじゃないのだけど。




 ようやく引っかかっていたタオルが外れ、安心したマーガレットはある人物がいないことを思い出して首を傾げる。


「そういえば、しばらく見てないけどターニャはどこに行ったのかしら?」

「……ターニャなら私用で一時間ほど抜けると言っていました。おそらくタチアナさんに付いて市場に行ったんですよ。僕に仕事はまかせて……まったく勝手な侍女です」

「ふふ、いいじゃない。ちょっと前のターニャなら全部自分でやるって言ってきかなかったのだから、クレイグを信頼した分、成長したわ」

「まあ、少しは良くなりましたけど。いまだに思い出したように因縁をつけてくるのは変わらないです」

「……因縁ねぇ」


『因縁』といえば、お祖父様が『フランツィスカ家と王家には因縁がある』と教えてくれたっけ。


 数十年前のこと―――

 私の(ひい)お祖母様が、当時の王妃様に軟禁されたことがあったらしい。

 私は曾お祖母様に似ているから、王家の人たちには注意するようにお祖父様に言われたのよね。

 お祖父様は言葉を濁したけど、お母様も王家と何かあったみたいなのだけど……。


 私の知っている王家の血筋の人っていうと、未来の婚約者のアヴェルに、妹のルナリア、それに姉のシャルロッテと、兄のゼファー殿下くらいだけど、この人たちが何かするようには思えない。




 すると、ガチャッと勢いよく扉が開いた。


「ただいまぁー。見てみて、母様にクルミいっぱい買ってもらったよ」


 アッシュグレイの髪をなびかせたメイド姿のターニャは、袋いっぱいに入った殻付きクルミをシャカシャカと振ってみせる。


「わぁ、すごいいっぱいね」

「でしょ、おじょうさま一緒に食べよ~」


 今すぐ食べようと袋に手を突っ込んだターニャを、クレイグは制止した。


「ターニャ、クルミの殻は固くて僕たちの力では割れないでしょう。今、くるみ割り器を持ってきますから」


 するとターニャはニィッと笑って、マーガレットに目線を送る。


「大丈夫だよクレイグ。マーおじょうさまの賜物(カリスマ)なら割れるよ」

「え……あー、なるほど。私の賜物(カリスマ)ね」


 マーガレットは納得したようだが、クレイグは信じれないとばかりに渋い顔をした。


 こ、こいつ……侍女のクセに主人であるお嬢様の能力を『くるみ割り人形』がわりに使うだと!?


 賜物(カリスマ)というのは、簡単に言うとスキルや加護のような固有の能力だ。

 お嬢様は『身体強化』の賜物(カリスマ)が使えて、壁を粉々に破壊することもできる。

 一時は『破壊魔令嬢』なんて呼ばれていたこともあったが、その能力のおかげで僕も他の人々も救われた。

 とてもすごい賜物(カリスマ)だと僕は思っている。

 なのに、それをくるみ割りに……。




 パキッ……パキッ……パキッ。


 マーガレットが親指と人差し指で簡単にクルミの殻を割ると、隣のクレイグが殻から中身を取り出して皿に入れていく。

 二人の息の合ったコンビネーションを見ていたターニャは、思い切って訊いた。


「……マーおじょうさまとクレイグって、『そうしそうあい』なの?」


 思いもよらないターニャの問いかけに、思考停止したマーガレットはぽかんと口を開け、クレイグは石像のように固まってしまった。


 そうしそうあいって、相思相愛のことよね……え、どういうこと?


 数秒後、気を取り直したマーガレットはターニャに笑いかける。


「ふふ、どうしたのターニャ。メイドのお姉さんたちの恋のお話でも聞いたの?」

「んー、ちょっと気になったの」

「ふーん? クレイグのことは家族みたいに思っているけど、ターニャが期待するような恋愛感情は、ないわねぇ」


 すると、石像の呪いが解けたようにクレイグもおずおずと口を開いた。


「……僕もお嬢様を信頼していますけど、れ、恋愛感情なんてそんな感情は……ありませんよ」

「え、何かちょっと歯切れ悪くない?」

「気のせいです」


 と言って笑い合っている二人だが――

 第二部『悪役令嬢の婚約者』では、あることをきっかけにマーガレットとクレイグの関係が大きく変化し、それはそれはいろいろなことが起こるのだが……


 この頃の二人はまだ、知らないのだった。





お読みいただきありがとうございます。


第1部が終了し、登場人物がそろいました。

ここから、物語が動き出す『第2部』へと入っていきます。


第2部に入ると、序盤のほうから「え?」と思うような、

マーガレットにとって「ままならない」ことが起き始めます。

マーガレットの成長とともに恋愛要素も増えていきますので、

どうぞお付き合いいただけたらと思います。



次は――

ついにマーガレットへのプロポーズに動き出すアヴェル。

心配したアヴェルは練習がてらに別のパーティに参加します。

しかしそこで思わぬ展開が待っていて……。



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